岡崎くんの恋愛塾
話したこともない人が目の前にいて、訳もわからず見つめ合う。



穴の外から聞こえたのは、パタパタと数人だと思われる上履きの音と、
「泰正ー? どこよー」という女子の声。



女子生徒の声に私は止まった息を取り戻し、握ったシャーペンから手を離し、椅子から立ち上がった。




「なんでここにっ⋯⋯!? んんっ」




大きな声で私の空間に紛れ込んだ生徒に対して声を張り上げ⋯⋯ようとした。





だが、汗を流し疲れた様子だったソイツはだらしなく下ろしていた腰を素早く上げ、走ってきたと思ったら勢いよく私の口を塞いだ。
そのせいで私の声が遮られる。



口元に知らない男の手がある状態で停止。
呼吸も出来ない私の隣に、ハァハァと荒い息を漏らす岡崎泰正。



まって、何が起こってるの⋯⋯!?
てかこの手っ⋯⋯!



ガッチリ押さえつけられた手を離そうとすると、バチッと目が合う。


やばっ、と私が怯むと、岡崎泰正も焦っているように見えた。


口を塞ぐ大きな手は、より強くなる。




「しー」と言っているかのような男の指は、端正な顔の口元に添えられていた。



そんなこと言われたって⋯⋯。


逃げようとしてもこの人、力が強過ぎて無理だ。




物音一つない穴の中。

聞こえていた足音は、気が付けば聞こえなくなっていた。




「今ここらへんで声聞こえなかった?」


関係の無い私まで緊張し始める。
女子生徒の声が中まで響いてきた。



足音がないと思ったら、そうかすぐ外にいるのか。



私はなされるままに動けず、口を塞がれたまま数秒。


まるで後ろから抱きしめられたような体制で、この人は動かない。
男の人に耐性がない私は、体を覆う鳥肌と恐怖感に襲われる。


ポタッ、と
岡崎泰正の汗が机に落ちた時。




「⋯⋯気のせい、かなー」

「なんで逃げんのよー、つまんなーい」



再び聞こえた声に、私の口を塞ぐ力が弱まった。


中途半端に伸ばしていた膝が少しいい具合に伸びるほど、私と岡崎泰正の間に隙間が生まれる。


この人を追ってきた人か。
あまりの動揺に頭が回らなかった私はやっと状況を理解した。



無関係のはずなのに、早く女子生徒どこか行け、と心の中で願った。
そうすれば⋯⋯この人が離れる。




はやく、はやく⋯⋯。




すると、他の所から来た女子生徒の「見つかった?」という声が聞こえた。

その声に続き、「見失ったわ」と返答。




「もーいいか、帰ろ。 帰りコンビニ寄っていい?」

「ざんねーん。 また明日会えるしいっか」




声を聞いていると、彼女らは諦めたようだ。


そうするとすぐに引き返した女子生徒の笑い声が遠ざかり、しばらくすると声が聞こえないところまで消えていった。
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