岡崎くんの恋愛塾
岡崎泰正がここにいるのが不思議というよりは、この場所に人がいるのが不思議だった。


私が呟くと、岡崎泰正の表情がピクリと動いた。



「それこっちのセリフなんだけど」


そう言うと、岡崎泰正の手が解かれ自由になった。
場が悪そうに眉間にしわを寄せ、「⋯⋯んだよ」と漏れる声を私は正確に聞いた。



すぐさま私は床に置いたリュックサックを、体を引きながら素早く取り、小さな穴の一番端に逃げ座り込んだ。


ギュッとリュックを抱きしめ、呼吸を整えようとする。



そうするとガタリと何が動く音。

私が顔を上げる前に、


「なんで逃げてんの」


と、岡崎泰正が低い声を漏らし椅子から立ち上がる。

話したこともない人が今目の前にいて、
しかも今近付こうとしている。



外の電気が届かないこの空間はとても薄暗くて、歩み寄ってくる岡崎泰正の顔が見えづらかった。


だがそれでも、岡崎泰正のカオはちゃんと認識出来る。 暗い中でもわかる綺麗な肌に、切れ長の瞳。清潔感のある黒髪まで私には輝いて見えた。


とてもかっこいい。
思い出すのは、初恋の記憶だけだった。



⋯⋯って、こんなこと思い出してる場合じゃない!


気が付けばすぐ目の前に来ていた岡崎泰正に私は全身で驚いて思わず、


「こ、来ないで! ごめんなさい、来ないでっ⋯」



ドキドキというか、私を襲うのは恐怖のドキドキで。


目を瞑りながら手を突き出し、押し殺したような細い叫び声をあげた。
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