岡崎くんの恋愛塾
「ねぇ」


変なことを考えているときは、完全に周りが見えなくなるのが悪いところ。

突然かかってきた低い聞きなれない声に私は再び俯いた。




「上履き⋯⋯二年か。 ここいつから知ってたの?」


心のどこかで諦めて話しかけるのやめてくれないかな、と願ったがそれは届かなかったようだ。
だが今度聞こえた声は、機嫌の悪い、妙に低い声ではなく、


噂にのっとった、愛想のいい優しい声だった。



もちろん男の人には嫌な思い出があるので恐怖心は拭えなかったが、ゆっくり私は顔をあげた。

顔を見るとやはり「岡崎泰正」という存在にビビるが、私は小さく頷いた。



「ふーん」




それから数秒沈黙が流れ、少しだけ前を向いてみる。

すると聞こえる「他に知ってる奴いたんだ」という低い声。



この人もここのこと知っていたんだ。

⋯⋯よかった。今までこの中で会ったりしないで。




しばらくすると、袖をまくった腕を机に乗せ、ガタリと音を立てて立ち上がった。
スマホの電源を入れると、なにかを確認して画面を閉じる。



その後ろ姿を不思議な生物を観察しているような目で見ていた私。

岡崎泰正はフッと振り返ると、ピタリと体が動かなくなった。



一番奥、リュックサックを抱きしめながらしゃがみこむ。




「勉強の邪魔してごめんね」




ニコリ、と朝に見た笑顔で笑った。



それだけ言うと背を向け、一つしかない小さな出入口から出ていった。



その瞬間体中の重りが取れたように軽くなる。はぁ、と息を吐いて足を伸ばして座り込んだ。



こ、怖かった⋯⋯。
そうか、あの笑った顔がウケてるのか。 そりゃモテるな。

思わず感心してしまう。




ーーでも。




「やっぱ怖いわ⋯⋯」


あの人の笑顔は安心出来ないというか。


なんか⋯⋯気持ち悪かった。
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