あの春、君と出逢ったこと
『これ?』
翠の言った右のやつである桜の浴衣を少し上に上げ、首をかしげる。
『そう、それ。
どうかしら⁇』
私に頷いた翠が、椅子から立ち上がり、私の手から浴衣を取って私に当てる。
そのまま、翠に鏡を見ろと言われ、鏡に目を移して、鏡越しに翠を見て笑う。
『うん、これがいい‼︎
翠、ありがとう』
『決まったなら、早速レンタルしましょう?
そろそろ時間よ』
そう言って自分の浴衣を持って受け付けに向かう翠の後ろを、選んだ浴衣を持って小走りでついていく。
『2着レンタルですね』
店員さんの言葉に頷き、お金を払って試着室に入る。
私、浴衣自分できたこと無いんだけど、翠はあるのかな……⁇
試着室に入ったまま、ボーッと固まっていた私の隣で、何事も無かったかのように動いている翠に視線を向ける。
『て……はやっ』
私が翠を見たのと同時に、帯を締めた翠を見て思わずそう声を上げてしまう。
だって、着るの早すぎだよね?
神業だって。
『……これで良いかしら』
着終わった翠が私に見せるため、その場で一回転した翠。
『……翠、綺麗すぎる』
そんな翠に一言伝え、顔を逸らす。
だってもう、鼻血出そうなんだもん……。
綺麗すぎるの、翠‼︎
『……栞莉……は着れないわよね』
未だに服を着たまま、浴衣を片手に翠を見て固まっている私を見た翠が、ため息をつきながらそう言った。
『なっ、なんか、それ、酷いよ翠!』
『なら1人で着てみなさい』
翠の言葉に反論した私を、華麗にスルーした翠はやっぱり私よりも一枚上手なんだと思う。
でも、やっぱり着れないものは着れないし。
翠さまにお願いするしかないね!
『翠、お願い!』
翠の目の前に浴衣を突き出し、笑いながらそう言う。
そんな私を見て、一瞬固まった翠は、私から浴衣を受け取り口角を上げてニヤリと笑った。
『私が良いと言うまでに動いたら……許さないわよ?』
脅し口調でそう言った翠から思わず数歩後ずさって、思いっきり頭を上下に振った。
怖いっ、怖いって翠!