あの春、君と出逢ったこと
『動かないのよ?』
最終確認なのか、浴衣を私から受け取った翠が私の顔を見て念を押すようにそう言う。
そんな翠に、右手の親指を立てて見せ、大きく頷いた。
『……すぐ終わるわ』
その言葉を翠が呟いてから5分。
確かに、翠の宣言通り、目の前の鏡にはちゃんと浴衣を身につけた自分が写っていて、改めて翠に感心した。
やっぱり、翠って浴衣を着付ける才能があるよね?
……変な才能だけど。
『似合ってるわよ、栞莉』
何も考えず、ボーッとしながら鏡を見ていた私を見かねたのか、翠が心配そうな声色でそう言った。
そうだ。私、ちゃんと浴衣見てなかったや。
翠に感心しすぎて、目の前に写っている浴衣に興味を示せなかったんだから、翠ってある意味最強……だね。
意味もないことを考えながら鏡に目を向けると、自分で選んだ薄ピンク基調の桜のデザインの浴衣が、綺麗に着付けられていた。
……すごい、綺麗。
私のせいで少しあれだけど、それでもやっぱりこの浴衣にしてよかった。
『翠、ありがとう!』
笑顔でお礼を言った私に、同じく絵がをで返してきた翠の手を引いて、お店から出る。
『ちょ、栞莉‼︎ 急ぎすぎよ』
いきなり走ったからか、少し不機嫌の翠に軽く謝り、携帯で時間を確認する。
『翠、今、5時だよ』
行き話や整えている翠に携帯の画面を見せてそう言うと、効果音がつくかというくらい固まった翠が、恐る恐る私の方へ首を向けた。
『……遅刻、かしら?』
なぜ翠が青ざめているのかなど知らず、頷いた私を見てうな垂れた翠に、思わず声をかける。