あの春、君と出逢ったこと
『……栞莉、覚悟してなさいよ』
わたしに視線を移した翠が、力弱い声で、呟くようにそう言った。
覚悟って、何を?
翠の言葉の意味がわからず、思わず首を傾げた私を見て、翠が口元に薄く笑みを浮かべた。
『煌と快斗。
どっちが怖いと思う?』
いきなりそう言った翠に一瞬戸惑うも、煌君。と答える。
考えなくてもわかるよね?
だって、煌君が真顔で怒ってるの、簡単に想像できるもん。
『やっぱり、そうよね』
私の回答を聞いておかしそうに笑った翠に首をかしげる。
だって、翠の言い方だと、快斗君のほうが怖いみたいな感じだよね?
……快斗君が、怖い⁇
『快斗君の方が怖いの!?』
ハッとなり、勢いよく翠に近づいて叫んだ私に驚いたのか、一歩後ずさった翠が、頷いた。
快斗君の方が怖いって、想像できなさすぎて怖いよ……っ。
『翠、早く行こうか』
『分かってくれたのね、栞莉』
早く。と声をかけた私にそう言って笑った翠を見て、笑みを返す。
すでに遅刻だけど、急がなきゃもっと怒られそうだし、快斗君が怖いって言うのも、ちょっとだけ見てみたいなっ……て。
空にはすでにオレンジ色の雲がかかり、会場に近くなるにつれて、浴衣を着た人が増えていく。
『翠ー。そろそろ着くかな?』
『ええ。早く煌たちを探しましょう』
そう言って煌君達を探し始める翠を、遠くから見守る。
何もせず、見ているだけの私を不思議に思ったのか、私の方を振り返った翠に、女の子達の人だかりが出来ているところを指差す。
『絶対、あっちにいると思うよ。私』
煌君と快斗君、かっこいいからね。
女の子達が集まってくるのも簡単に想像できる。
多分、学校のみんなは、翠が綺麗すぎて近づけないんじゃないかな、なんて思ったこともあるしね?