あの春、君と出逢ったこと
『快斗君、夜の8時に、着替え持って学校の前に行けばいいの?』
細かいことは気にしないことにして、会話を続ける。
快斗君と話してたら、何か重要なものを忘れそうな気がして少し焦っちゃうんだよね。
だから結構念入りに聞いてたりする。
『そ! じゃー、また後でな‼︎』
電話越しというのに、耳が痛くなるほど大きな声でそう言って電話を切った快斗君を想像して、思わず笑ってしまう。
きっと、今からいろんな準備をして、8時になまで時計を何回も確認したりとかするんだろうな。
そう思いながら、部屋にかかった壁時計を見る。
……今が1時だから。
あと7時間後。
結構あるんだ。
夏休みの宿題は、煌君と翠に助けてもらったからもう大丈夫だし。
携帯を見るというのも気が乗らない。
それに、こんな時にやりたい! なんで趣味もないわけで。
要するに。
『暇だー‼︎』
誰もいない家に、そんな私の悲痛な叫び声が響き渡る。
私、一人っ子だし、お父さんは私が3歳くらいの頃に交通事故で天国に行ってしまった。
それからお母さんは女手一つで私を育てて、今でもバリバリのキャリアウーマンだから家にいないことも多い。
そんなわけで、たいてい私の家は私の一人暮らしみたいなものになっている。
『……暇だな……』
そう呟いたと同時に、机の上に置いた携帯から着信音が流れる。
また快斗君かな?
さっき、伝え忘れたことがあったとか?
そう思いながら、画面に表示された名前を見ずに受信ボタンを押して耳にあてる。
『栞莉、お前、いつまで来ないつもりだ』
『げっ……』
電話越しに聞こえなのは、快斗君のテンションの高い声ではなく、聞き覚えのある、低い声で。
思わず声を出してしまう。