初恋
第十三話 初デート

 日曜日、大宮駅構内中央付近にあるモニュメントの前で修吾は待つ。待ち合わせ時間は昼の十時だが、我慢できずに一時間前から来て待っている。当然のごとく今朝は寝不足で、目がシパシパしていた。
(後、三十分か。マズイな、デートプラン何も考えてない。和食か洋食か。ファストフードも有りか……)
 一人でぶつぶつ考えていると、ふいに左手を握られビクッとなる。
「お待たせ、しゅう君」
 その手は予想通りその人は深雪だ。修吾は慌てて挨拶を交わす。
「あっ、こんにちは」
「はい、こんにちは」
 初めて見る大人の深雪私服バージョンに、修吾はドキドキしながらも凝視する。九月に入ったとはいえまだまだ残暑が厳しく、深雪の服装もシースルーワンピで露出度が高めだ。
「さっきからじろじろ見てる。そんなに綺麗?」
 冗談めかして言う深雪に修吾は照れっぱなしだ。
(綺麗に決まってる。世界一だって!)
 心の中ではいろいろ言える修吾だが、実際にはイエス・ノーくらいの返事しかできない。
「はい」
「今の冗談よ? しゅう君、緊張しすぎ」
 呆れる深雪を見て修吾は少し焦る。
(ダメだ。本人を目の前にすると上手く話せなくなる……)
「しゅう君は相変わらず、しゅう君なのね」
 呼び方に戸惑いながらも修吾は聞く。
「どういう意味ですか?」
「純粋で、真っ直ぐで、不器用って意味」
「それってダメダメってことですよね?」
「ダメであり、ダメじゃない、が正解かな」
 意味深な回答に修吾は言い返せない。そんな様子を見て、深雪はすっと修吾の左腕を自分の右腕で組む。
「えっ?」
「立ち話もなんだから、そこのカフェでお茶しながら話そっか」
 仲の良いカップルのように腕を組んだまま、深雪はモニュメント斜め前にあるカフェに向かう。ただ、どちらかというと引きずられる形で修吾は歩いている。
 店内に入ると深雪に従われるまま着席し、従われるまま注文しやってきたアイスティーを飲む。
(なんだこれ。俺、何やってんだ?)
 深雪と会ってから今までまともな言動を取れていない自分自身に嫌気が指す。それに輪をかけるように深雪を見ると少しつまらなそうに外の景色を眺めている。
(マズイマズイマズイ! これは何か言わねば!)
「深雪さん」
「なに?」
「今日のワンピース、とても似合ってます。髪型も素敵です。小物も可愛いです」
 少し前に深雪に言われたアドバイスの内容を、一気に言ってしまう。深雪もそれに気がついて噴き出してしまう。
「へ、変なこと言いました?」
「ううん、しゅう君らしいなって思って笑っちゃった。ありがとね」
「いえ、あの一ついいですか?」
「なぁに?」
「今日会ってからずっと呼び方が、しゅう君になってるから……」
「うん、だってしゅう君はしゅう君でしょ?」
「それはそうですけど……」
「それにね、しゅう君って呼ぶ方が親近感がわくし、仲が良い感じがしない?」
(確かに一理あるかも……)
「じゃあ、俺は深雪さんを何て呼んだらいいですか?」
「好きなように呼んでいいわよ。深雪でも、みゆでも、お姉ちゃんでもね」
 最後のお姉ちゃんを自分自身で言っておいて、含み笑いをしてしまう。
「ヒドイなぁ~、お姉ちゃんはないですよ。お姉ちゃんにしゅう君だったら丸っきり昔の関係じゃないですか」
「そうよね。でも、それもアリかななんて思っちゃう私がいる」
 さっきからずっと含み笑いをされ、修吾もあまりいい気分ではない。その顔色を見ると打って変わり、深雪は優しい口ぶりで話し掛ける。
「もう緊張はほぐれた?」
「えっ?」
「修吾君、そこで会ったときからまともに会話出来ない感じだったから、ちょっとからかって緊張感ほぐそうって思ったの」
(この人には勝てないな……)
「すいません。変な気を遣わせちゃって」
「こちらこそ、気分悪くさせちゃってごめんね」
 ウィンクする深雪を見て、修吾も笑顔になる。
「あっ、でもね。しゅう君&お姉ちゃんという呼び合い方が懐かしくて、ちょっと良いかなって思ったのはホントよ」
「言っときますけど呼びませんよ、絶対」
「あは、残念」
 おどけて肩をすくめる深雪の姿は、高校生と言っても通じるくらい可愛く若々しい。
「深雪さんって、若くて高校生みたいです」
 修吾は思った通りの言葉を言う。
「あら、嬉しい。ホント? 褒めても何も出ないわよ?」
「ホントですって。いま幾つなんですか?」
「……永遠の十八歳」
「なるほど、俺と三歳違いなんですね。ってか、サバ読み過ぎ」
「悪かったわね。何より女性に対して年齢と体重と過去を聞くのは失礼なのよ?」
「過去も?」
「そっ、過去も。女性は常に前を向いて進む生き物なの。過去は振り返らない」
(まあ、俺も過去とかどうでもいいタイプなんだけどな……)
「あっ、でも直美は八年前の手紙のこと根に持ってましたけど?」
「なおちゃんの件は現在進行形の話で、継続してるからいいのよ。ほら、ずっと……、これ以上は言っちゃダメか……」
「手紙の件ならもう話ついてますよ」
「そうなの!?」
 珍しく深雪は驚きの表情を見せる。
「二人で話し合って、直美には納得してもらいました。納得という表現が正しいかはわかりませんけど」
「なんて返事したの?」
「秘密です。直美のプライバシーにも関わりますし」
 前半戦の借りを返すように修吾は少し意地悪くする。案の定、深雪は納得いかない顔をする。
「まあいいわ。今度なおちゃんに直接聞いてみるし。でも意外だわ、修吾君がちゃんと女性を振れるなんて。女性の私から見てもなおちゃんは凄く魅力的だと思うけどな。実はちょっと惜しいとか思ってない?」
(もう少し意地悪してみるか)
 内心ほくそ笑みながら修吾は答える。
「惜しいも何も、直美はいい女だと思いますよ。スタイル抜群だし」
「えっ? それ、どういう意味?」
 深雪は少し顔色を変える。
「どういう意味って言われても、これ以上はプライバシーの領域というか。秘密ってことで」
 この台詞を聞いて深雪は明らかに動揺している。落ち着かせるようにアイスティーを口につけるが、手も少し震えていた。
(深雪さん?)
「あの、修吾君?」
「はい」
「なおちゃんの……、あっ、これはプライバシーか。えっ、何て聞けば……ごめんなさい、なんでもない」
 想像以上に動揺する深雪を見て修吾も動揺する。
(ヤバイ、これ悪ノリし過ぎたか?)
「あの、深雪さん」
「な、何?」
「えっと……」
(なんて言葉をかけるべきだろう)
 少し考えた後、修吾は思いきった台詞を切り出す。
「世界で一番、貴女が好きです」
 言った後、この台詞が正解か不正解か、清水の舞台から飛び降りる面持ちで待つ。深雪は一瞬目を丸くし固まっていたが、しばらく言葉を反芻していたようで顔を赤くしたまま修吾を見て笑顔で頷く。
(これは、正解、だよな?)
 照れ臭いのか二人とも黙り込んでしまう。静かすぎて店内の他のカップルたちの声がやけに鮮明に聞こえてくる。しばらくすると深雪はアイスティーに手を伸ばし、一口飲むと溜め息をつく。
「修吾君」
「はい」
「歳上の女性をからかうの禁止」
 まだ照れているのか目線を合わせられないでいる。
「すいません。最初の仕返しのつもりで、ちょっと意地悪してしまいました」
「もう……」
 まんざらでもない笑顔に修吾は安心する。
「じゃあ、なおちゃんとの話は嘘なの?」
「いえ、そこは本当ですよ。ちゃんと断りました」
「そう……」
「世界で一番、ってところも本当です」
 深雪からの言葉を引き出すためにも、修吾はわざと先の台詞を持ち出す。
(こっちから好きかどうか聞くのも野暮だし、何より深雪さんの本心から出る気持ちが聞きたい)
 深雪がどんな返しをするのか、修吾は緊張の面持ちで待つ。
「最初……」
「はい」
「今日最初に会ったとき、純粋で不器用な修吾君をダメであってダメじゃないって言ったでしょ?」
「はい」
「オブラートに包まない純粋過ぎる言葉って、強すぎて痛いことがあるの。逆に純粋だからこそ伝わる想いもある。不器用って言葉も良く言えば、自分自身を飾らない相手を陥れない真っ直ぐな人であり、逆に考えると場の空気や相手の立場を計算出来ず、突っ走っちゃう面があるかもしれない」
 修吾はしっかり見つめながら黙って聞く。
「修吾君の場合、その振り幅が大きいって言うか、まだ定まりきってない感じかな。でもそれが良いところだったりもするのね。さっき私に言ってくれた台詞、いきなりこの場面で?って感じだけど、修吾君らしくっていいなって思ったし嬉しかった。私も、貴方のことが大好きよ」
 真っ直ぐで大きな瞳。照れずにしっかり修吾を見つめながら深雪は気持ちを伝える。修吾もただ嬉しくて堪らず、胸の奥がどんどん熱くなっているのを強く感じていた。
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