初恋
第十四話 音信不通
十月、残暑も完全に終焉を向かえ衣替えの季節が到来する。修吾の学校も完全に冬服に移行され、三年生は完全な受験体制に入っていた。
昼休みの図書室をお気に入りにしていた修吾も受験勉強の生徒に押され、いつもの居場所でのんびり読書というわけにも行かなくなっている。
その一方、来年の卒業と同時に建設会社で働くことが決まってからは、週三程度で現場を手伝うようにもなっていた。体力には自信もあり、少しでも早く仕事を覚えようと修吾なりに考えてのことだ。
以前の初めてのデート以来、深雪との中は着実に深まり、修吾の中では卒業後即プロポーズするくらいの勢いでいる。そのためにも、わずかながらでも給料が支給される現場のアルバイトは大きな意味を成していると言えた。そして、卒業後は今お世話になっている家を出て、社宅に住むことも伯母に伝え了承も得た。
一度振った直美との関係も悪くなく、幼なじみでありクラスメイトでもあり、親友のような関係が続いている。アルバイトから帰宅すると、食事と入浴をさっさと済ませて深雪とのメールタイムに入る。電話代がバカにならないので、電話はなるだけしないように二人で取り決めたのだ。
「十時前か、まだ起きてるよな」
ただいまメールをするといつも数秒で返信があり、離れていても深雪を身近に感じていた。しかし、今日は珍しく、しばらく待っても返信がない。
「あれ? どうしたんだろう。今日残業かな」
気にはなるものの、邪魔にならないように追加でメールはせず、返信をひたすら待つ――――
――二時間後、日付が回るか回らないかくらいに、深雪からの返信メールが届く。内容は一言「今電話いい?」だ。心配が募り募っていた修吾は直ぐに通話ボタンを押す。
「こんばんは、今日は遅かったね」
修吾の挨拶を受けるも深雪は反応する気配がない。
「深雪さん?」
いつもと違う雰囲気に修吾は嫌な予感を覚える。しばらく沈黙を守っていた深雪だがやっと口を開く。
「大事な、話があるんだけどいいかな?」
嫌な予感しかしないものの、同意せざるを得ない。
「何?」
「しばらく、メールも電話もしないでほしい」
(なんだよそれ!?)
「……理由を知りたい」
「理由は……」
そう言った切りしばらく沈黙し、いきなり通話が切れる。
「えっ?」
リダイヤルするも一向に出てくれない。
「意味が分からない! なんで?」
しばらくすると深雪の方からがメールくる。
「しばらくそっとしておいて」
修吾はそのメールを眺めたまま動けないでいた――――
――翌朝、教室に入るやいなや、修吾は真っ直ぐ直美の席に向かう。直美の机の回りには相変わらず人で溢れていて楽しそうに話をしている。修吾はそのクラスメイトたちを無理矢理掻き分け、直美の正面に立ちはだかった。生徒数人はいぶかしがるが、直美は冷静に対応する。
「何か御用かしら加藤君?」
教室内での直美は宣言通り猫を被っている。修吾もそれを容認し本性をバラそうとも考えてない。しかし、今回は事情が事情だけにそんなことを気にする余裕はない。
「直美、大事な話がある。ちょっと来てくれ」
修吾の台詞に回りの生徒が驚く。直美はクラス内で『愛さん』と呼ばれ、まして下の名前で呼び捨てにされることはない。修吾のただならぬ雰囲気と言葉に、直美も事態を察し黙って席から立ち上がった。教室を連れ立って出ていく姿に、クラス内はざわざわと騒ぎ立てている。人気のない廊下の隅に誘うと、修吾は主語を省いてストレートに聞く。
「今すぐ深雪さんと連絡取ってくれ」
唐突な台詞に直美も戸惑いを隠せない。
「な、何? ちゃんと説明して?」
「いいから早く!」
激しい剣幕に直美も反論するのを断念し、携帯電話を取り出し通話ボタンを押す。しかし、一向に出る気配はない。
「出ない。この時間だと通勤中かも。って言うかどうしたの? 説明して」
「……急に連絡取れなくなった」
「最後に連絡あったのは?」
「昨晩の、しばらくそっとしておいてほしいってメールが最後だ」
「それって痴話喧嘩かしら? それともノロケ?」
からかう直美に修吾は真剣にキレる。
「喧嘩なんかしたことないし、こんな風に無理矢理呼び出してノロケたりするか! ホントに理由も無く音信不通なんだ!」
「ご、ごめん。冗談だから。ん、でも確かに変ね。あの冷静で大人の深雪さんが何も言わずに音信不通だなんて」
「絶対なんかあったんだ。どうやったら連絡取れる? 住んでたマンションは今も変わってないか? 職場は?」
立て続けに質問する修吾に直美も困り果てる。
「まず落ち着こうよ修吾。落ち着いて考えるの。いい?」
修吾の胸の前で両手を差し出して制止する。
「す、すまん」
「うん、じゃあ質問の答えだけど、住んでいるところは昔と変わってない。修吾も住んでたマンション。だから連絡を取る方法としては、マンションで待ち伏せるのが一番確率が高いと思う。次に職場だけど、同じく神奈川県内で事務をしているということくらいしか知らないわ。深雪さんとは仲良かったけど、プライベートについては突っ込んで聞くことなかったし」
「そうか、じゃあマンションで待ってれば会えるんだな?」
「断言は出来ないけど、現状を考えるとベターだとは思う。でも、ホント珍しいというか、らしくないよね深雪さん。せめて理由くらい言ってもいいのに」
「急病とか事件事故に巻き込まれたとか、誰にも言えないことが深雪さんの身に降りかかったんじゃないだろうか?」
不安げにし動揺している修吾を見て、直美も内心焦る。
「その可能性も無くもないと思うけど、深雪さんの性格だとそういうことはちゃんと言いそう」
「他に男が出来た可能性は?」
「それはまずない。これは断言出来る」
直美はきっぱり言い切る。
「まあ深雪さんも人間だから、いきなり道でばったりフォーリンラブが絶対に無いなんて言えないけど、いつも近くにいて恋のライバルだった私から見ても、浮気とか二股とかは有り得ないかな」
直美は腕組みをしながら持論を展開する。
「表立って言うことはほとんどなかったけど、深雪さんの修吾を想う気持ちってかなり強かったと思う。まだ小学生だった修吾の気持ちを汲んで、自分の傍じゃなく敢えて親戚の家に行けって言ったんでしょ? それって、本気で修吾との未来を考えてないと出来ない選択だもん。当然そう言った本人も責任感じてるだろうし、修吾を想う気持ちがあるから何年でも何十年でも迎えに来るのを待ったはずよ」
(直美の言う通りだ。焦らなくてもずっと待ってるって駅の休憩所でも言ってた)
「あくまで私の推測だけど、そこまで心配しなくていいと思う。そっとしといてって言われたなら、言葉通りそっとしとくのも優しさじゃない? 相談したくなれば連絡してくると思うし。ま、修吾が頼りなくって相談したくても相談出来ないって可能性も考えられるけどね」
思い当たるフシがいくつかあって、これには反論出来ない。直美はため息をついて切り出す。
「修吾からの連絡は無視されても、私からの連絡は取り次いでくれる可能性あるから、何回か連絡取って様子見てみる。そして、修吾は放課後マンションに行く。お互いに何かわかったからすぐに連絡する、って作戦でどうかしら?」
理論的な案に修吾は感心しつつも納得する。
「すまない。助かる」
「いえいえ、それよかもうホームルーム始まるわよ? 早く戻ろ」
「そうだな」
颯爽と教室に戻る直美の背中に、どこか頼もしさを感じる。一方、連絡を取れなくなった深雪を想い、時間と共に焦燥感は大きく募っていた。