初恋
第十五話 避けられる理由

 放課後、直美と視線が合い、目だけで挨拶すると教室を素早く後にする。今朝の教室内での一件を収拾するのに、直美は修吾との幼なじみ関係を暴露し場を納めた。恋人同士という憶測だけは揉み消したかったらしい。なんだかんだ言ってもクラス内で定着した『愛さん』という地位は捨て難いようだ。
 最寄りの大宮駅から乗り継いで神奈川の辻堂駅に着いたのは午後五時。八年ぶりに来る町並みに修吾の心の中は複雑な想いが駆け巡る。
(ここでいろんな出会いと別れがあったんだもんな……)
 懐かしい景色とすっかり変わってしまった景色が混在する町並みを歩き、目的のマンションに到着する。直美の言っていた通り、このマンションだけは昔と全く変わっていない。敷地に入りエントランスも覗いてみるが、昔のままの光景でどこかホッとする。
(深雪さんは電車通勤で帰宅はだいたい七時から八時の間だから、後一時間くらい待ちか。ま、何時間でも待つけど)
 目立たないように駐車場の奥に座り、エントランスに行き交う人達を観察する。時間が時間だけに帰宅する学生やサラリーマンが多く見られる。七時を回る頃にはその足並みもだいぶ鈍くなるが、深雪の姿は一向に見られない。
(もしかして、もうとっくに家にいるとか? もしくは病気で入院してるとか。ヤバイ、こういう可能性を全く考えてなかった)
 駐車場の隅で一人でぶつぶつ思い悩んでいると、視線の先に見覚えあるスーツ姿の女性が現れる。
(深雪さん!)
 その姿を確認すると全力で彼女のもとに駆け寄る。このチャンスを絶対に逃すわけにはいかない。
「深雪さん!」
 走って深雪の前に立ち塞がる。
「しゅ、修吾君!?」
 突然の出現に深雪は明らかに動揺している。
「ごめん、どうしても気になって待ってた」
 深雪は目を反らし修吾を見ようとしない。その様子に修吾も戸惑い、二の句を繋げられない。しばらく黙っていたが、深雪はそのまま修吾を無視してエントランスに向かおうとする。
「待ってくれ深雪さん」
 慌てて引き止める修吾に、深雪は背中を向けたまま言う。
「しばらく会いたくない」
 それだけ言うとエレベーターのボタンを押す。
(なんで? なんでなんだこの態度? 意味が分からない)
 当然ながら納得出来ない修吾は深雪に詰め寄る。
「深雪さん!」
「帰って!」
 今度は振り返りきっぱりと修吾の目を見て断る。
「今すぐ帰って。二度とここには来ないで」
 その目と力強い言い方に修吾は萎縮する。エレベーターが降りて来ると深雪は黙って乗り込む。修吾はそのドアが閉まるのを無理矢理止めて詰め寄る。
「一つだけ、一つだけでいい。聞かせてほしい」
 答えない限り絶対引かないと悟った深雪は黙って頷く。
「病気とか怪我とか事故とか、深雪さんの命や身体に関わることで避けてる?」
「いいえ、私は至って健康よ」
 その言葉に修吾は心底ホッとする。
「良かった。深雪さんが無事ならそれが一番だ。昨日からずっと考えてたんだけど、俺バカだから避けられる理由が全く分からなかった。でも思ったんだ、俺は嫌われたって構わない。深雪さんが健康で幸せならそれが一番良いことなんだって。好きな人には幸せになってもらいたいから……」
 修吾の言葉に深雪は目を閉じて黙り込む。表情の変化もないので真意も汲み取れない。
「ごめん、俺、迷惑だよね。言われた通り帰る。身体にだけは気をつけて、じゃあおやすみ」
 ドアから手を放すとスーッと閉まる。深雪を乗せたエレベーターは沈黙を保ったまま上がって行く。涙は出ないものの、激しい胸の痛みを我慢しながら修吾は駅に向かった。
< 16 / 64 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop