初恋
第十六話 連絡

 昨夜のことを直美に報告するため朝一番で教室に入る。帰宅した時間が遅く、直美への報告は明日早朝の学校でと話がついていた。クラスメイトが多数いる中で話すと前回のようにあらぬ噂が立ち、何かと面倒というのもある。一人ぽつんと座っていると、直美が教室に入って来た。
「おはよう、修吾」
「おはよう」
 鞄を机の横にかけると、雄大の椅子に直美は座る。
「昨日の詳しい話を聞かせて」
 開口すぐ本題に入る直美に修吾は丁寧に話す。直美も真剣に話を聞く。
「じゃあ、修吾がほとんど身を引いたような感じじゃない」
「いや、深雪さんに幸せになってほしいのは本心だ」
「そのためなら自分は傷ついても構わないって? それは違うでしょ」
 直美は少し怒り気味に話す。
「っていうか、深雪さんに失望したわ。今回のケースを考えたら、絶対理由を言うべき。じゃないと修吾が納得出来ないし前にも進めない。何考えてんだろのあの人」
 修吾の気持ちを想うあまりか、直美の怒りのボルテージは上がりっぱなしだ。
「ああ、なんか凄くイライラする~」
「なんで俺以上にオマエの方が怒ってんだよ」
 直美の態度によって逆に修吾は冷静になる。
「とりあえず、今は言われた通りそっとしとくよ。先月再会してから焦って盛り上がり過ぎた感あるし」
「修吾は本当にそれでいいの?」
「ああ、オマエのお陰で逆に冷静になれたわ。ありがとう」
 感謝の言葉に直美のボルテージは急下降する。
「ま、修吾がそう考えるならこれ以上何も言わないわ。野暮ったくなるのヤだし」
 直美は溜め息を吐いて外の景色を見る。まだ七時半ということもあり、登校する生徒はほとんどいない。
「直美」
「ん?」
「なんでこんなに協力してくれた? 敵に塩を送らない主義なんだろ?」
 真っ直ぐ見つめる修吾に直美は笑顔で答える。
「修吾がさっき言った台詞そのままよ」
「えっ?」
「好きな人には幸せになってもらいたい」
 人差し指を立てて続ける。
「だから、修吾の幸せが深雪さんと一緒になるってことなら協力するわ。けど、深雪さんが幸せになるために、ってことなら協力はしない。私が協力するのは好きな人に頼まれ、それがその人の幸せに繋がるかどうかの判断なの。だから敵、今回の場合だと深雪さんね。深雪さんに協力したなんて全く思っていないし、今後もしない」
 直美の理論的な解釈に納得する。
「分かりやすい考え方だな。でも、それって今の俺と同じで想いを我慢するってことにならないか?」
「なるね」
「それってダメなんだろ?」
「ダメじゃないよ」
「えっ?」
「だって想いを我慢するしないは自分自身の問題だもの。誰にも迷惑かけてないし全く問題無し」
「さっき俺に身を引くのは間違ってるって言ったぞ」
「言ったね」
「どっちなんだよ」
 修吾は半ば呆れた感じで突っ込む。
「間違ってるよ。自分を犠牲にして幸せを願うなんて」
「ほら」
「言い方が悪かったね。正確に言うと、幸せを願うためとは言え、自ら進んで傷つく大好きな人を黙って見ていられない私のエゴな一意見なの。私が傷つくのは自分の痛みだから我慢できるけど、貴方の痛みは正確に知る術がないから我慢できないって感じ」
 直美の優しい想いに修吾は少し胸が熱くなる。
「修吾には傷ついてほしくない。そして、修吾が幸せになれるなら、私は我慢する。そういうこと」
「自分勝手ってことだな」
「そうね。自分勝手な想いよね。迷惑でしょ?」
「いや、なんかちょっと嬉しい」
「惚れた?」
「いや、それはない」
「そこは即答しないでほしかったんですケド?」
 批難の眼差しを向ける直美に修吾は苦笑する。その笑顔につられて直美も笑顔になる。この後、この二人の談笑をクラスで一番見られてはいけない人物に見られ、一悶着起きたのは言うまでもない――――


――三月、卒業式を前日に控えクラス内は喜び戸惑いの混じった空気に包まれている。ほとんどの生徒が進路も確定し、後はその道に向かって邁進するのみとなっていた。
 修吾は当然ながら建設会社への就職が確定しているので、この半年間見習いを着実にこなし後は本格的に働くのを待つのみとなっている。
 ただ、去年の十月に深雪に距離を置かれるように言われて以来、今まで一度も会うことなくここまで来たことが気に掛かっていた。
 クリスマスや正月といった行事の節目には、短いながらもメールで挨拶が来るが、会うことはまだ許されていない。心配になる一方、直美の方は行事の要所で修吾への想いを口にし、少なかならず気持ちが揺れ動いているのを感じている――――


――放課後、教室を後にしようとしたとき、携帯電話の着信が流れディスプレイを確認する。そこには懐かしい深雪の文字が表示されていた。
(深雪さん!?)
 修吾は急いで廊下に出て通話ボタンを押す。
「もしもし!」
「あっ、もしもし。深雪です。今、電話大丈夫かな?」
(間違いない! この声、深雪さんだ)
「全然大丈夫です! あの、どうかしました? いきなり電話掛かってきてびっくりしました」
「ごめんなさい。ちょっと、いろいろあって……」
「いえ、深雪さんが元気ならそれが一番ですから」
「ありがとう。ところで、修吾君、明日卒業式でしょ?」
「はい」
「仕事があるから卒業式には行ってあげられないけど、明後日の日曜日、卒業祝いも兼ねてデートはどうかな?」
「えっ?」
 いきなりのデート発言に正直びっくりする。
「嫌? それとも愛想尽かされてる?」
「いやいや、とんでもない! 喜んで! 絶対行きます!」
「よかった。ずっと連絡取らなかったから、嫌われてるんじゃないかなってちょっと思ってたの」
「有り得ないです。そんなこと」
「ありがとう。今日はちょっと忙しいから、また明日くらいに連絡入れるわね」
「分かりました。必ず待ってます」
 通話が終わると同時に自然と笑みがこぼれる。
(深雪さん、俺を嫌ってたわけじゃないんだ。良かった……)
 ホッとしている修吾に直美が背後から話しかける。教室を飛び出す姿に不審さを感じ着いて来ていたのだ。
「もしかして深雪さん?」
「うん、元気そうだった」
「なんて言ってた?」
「あっ、それは……」
 口ごもる修吾に直美は顔を近づける。
「私に隠し事するの? この、ワ・タ・シに」
 深雪との件でだいぶ協力してもらったこともあり、直美には頭が上がらない。
「分かった、話すよ」
「当然よ」
「明後日、卒業祝いも兼ねてデートしようって誘われたんだ」
 デートという言葉に流石の直美も顔色を変える。
「そ、そうなんだ。もちろん行くんでしょ?」
「ああ」
「だよね。それはいいとして、今まで連絡して来なかった理由は聞いたの?」
「そのとき聞くつもりだ。今日は忙しいと言ってたから聞かなかった」
「そっか。うん、良かったじゃん。もとさやってヤツ?」
「そうなるのか?」
「じゃないの? ま、私には関係ない話だしもう帰るわ。デートの内容は言わなくていいけど、連絡取らなかった理由だけは気になるから教えてよ? じゃあ、また明日」
 修吾の返事も待たずに直美は小走りに去る。デートという言葉が相当ショックだったに違いない。走り去る直美に申し訳ない気持ちになりつつも、明後日のデートき期待膨らませていた。
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