初恋
第一話 泣き虫しゅう君

 暮れなずむ秋の空、深雪と薫は並んで下校する。紅葉の季節よろしく歩道のいたるところで落ち葉のおしくらまんじゅうが見られ、秋の到来を感じさせた。
 深雪は萌えた木々を眺めつつ、そんなことに風流を見つける年頃でもないんだけどと、内心ほくそ笑む。ふと歩道沿いの公園に目をやると、小さな子供達が無邪気に駆けずり回っている姿が映る。
(そう言えば、子供の頃よくこの公園で遊んだっけ。懐かしい)
 深雪は長い髪をかき上げながら感慨深げに子供達を見つめる。
「ちょっと、みゆ? 聞いてるの?」
 クラスメイトの薫は非難の眼差しで深雪を見ている。
「あっ、ゴメン。何の話だったっけ?」
「こいつ、このアタシが真剣な話をしているのに無視とはいい度胸してんじゃん」
 薫は両手の指を鳴らしつつ、ニヤニヤしながら深雪ににじみ寄る。柔道部のエースということもあり深雪の顔も引きつる。
「か、薫ちゃ~ん、そのポーズ怖いから止めようね~」
「いいや、止めないね。覚悟!」
 深雪の横腹に引っ付くと、薫は両手でくすぐり攻撃を開始する。深雪がくすぐったがりなのをよく承知しているのだ。
「あははっ! ちょっ、薫やめて! 死ぬ死ぬ! 笑い死ぬー!」
 脇腹に引っ付くツンツンヘアを必死に押すが、圧倒的な力の差に薫はびくともしない。
「アタシを蔑ろにした罪は大きいのだー!」
「ダメダメダメ! ごめん! ホントヤメて! 泣けてきたからホント!」
 鞄を歩道に落とし全身をくねらせ、深雪は悶え笑い泣きしている。そこへ男の子と思われる、ひと際大きな泣き声が深雪達の耳に入ってくる。
 深雪と薫は顔を見合わせると、鞄を拾い上げ泣き声のする公園内に小走りで向かう。園内を見渡すと、男の子数人が一人の男の子を囲んでいる。ぱっと見、小学生の低学年と言ったところだろうか。
「ありゃ、いじめだね。心配して損した。帰ろ深雪」
 薫はあっけらかんと言ってのける。
「ちょっと、助けてあげないの?」
「可哀相だけど、本人のためにならないっしょ? 男の子なら泣いて悔しんで、強くなる。違う?」
「それは一理あるけど、小さい子に複数ってあんまりだと思う」
「うん、まあ、ね……」
「私、ちょっと言ってくる!」
「あっ、みゆ! もう、アンタは黄門様かっつーの」
 お節介やきの親玉のような深雪に、薫はため息をついて後を追う。なんだかんだ言っても幼なじみということもあり、深雪の行動には薫も慣れっこになっていた。
「ちょっと僕たち。たくさんで一人をいじめるなんてダメよ!」
 三人の男の子に囲まれて、真ん中の子はうずくまり泣きじゃくっている。いきなり現れた大人に周りの男の子たちは萎縮する。小さな子供からすれば、中学生も立派な大人に見えるものなのだ。
「聞いてるの!?」
 深雪の怒った声にびっくりした三人は、蜘蛛の子を散らすように散り散りに走って逃げる。
「全くもう……」
 腰に手をあてがい憤る深雪に薫は苦笑する。
「悪者退治は終わりましたか? 黄門様?」
「何か言った?」
 怒る深雪に薫はプイッと素知らぬ顔をする。
「大丈夫、僕?」
 うつむいて泣きじゃくる男の子に寄り添うと頭を撫でる。男の子をよく見ると、そこには見覚えのある泣き顔があった。
「あれ? あなた、しゅう君?」
 名前を呼ばれた男の子は、身体を一瞬ビクッとさせる。
「知ってる子?」
「うん、同じ階に住んでる子。小学生の頃からよく遊んであげてたから間違いないよ。しゅう君? 大丈夫?」
 しゅう君と呼ばれた男の子は、ぐずりながら顔を上げる。
「ほら、やっぱりしゅう君だ。私よ、みゆ姉ちゃん。わかる?」
「うん……」
「怪我はない?」
「うん……」
 修吾は深雪の言葉にただ頷くだけだ。
「この子、頼りない返事してるね。同じマンションなら送ってあげたら?」
「うん、そのつもり。この状態じゃ一人は心細いだろうし」
「だね。ま、アタシは先に帰るよ。面倒は嫌いだし。ヨロシク~」
 薫はきびすを返すと手を振って颯爽と去って行く。
「薫らしいわね」
 深雪は肩をすくめ、その後ろ姿を見送る。
「さて、じゃあ一緒に帰ろっか。しゅう君」
 泣き止んだ修吾は黙って頷く。小さな手を握り地面から立たせると、ズボンのホコリを叩き落とし再び手を握る。
「じゃ、行こっか」
 笑顔で語りかける深雪に、修吾も嬉しそうにニコッとした。

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