初恋
第二十話 恋バナ(直美編)
午後八時、予めメールを送っておいた深雪から電話が掛かってくる。言うまでもなく二人の間には無料通話契約が交わされており、いくら話しても通話料金が掛からない。
「こんばんは、なおちゃん」
「こんばんは、深雪さん」
「待たせちゃったわね。ちょっと残業あって」
「いえいえ」
「で、今日はどうしたの?」
「実は転校した学校で修吾と同じクラスになったんです」
「あら、よかったじゃない。もう告白した?」
ストレートな質問に直美は唸る。
「ま、まだですよ。昨日の今日ですよ? っていうか修吾、私のこと忘れてましたからね」
「あらま、失礼な対応ね。まあ、なおちゃんが綺麗に変わり過ぎた可能性もあるけど」
そう言われると直美も照れてしまう。
「確かに、面影がないから分からなかったみたいな発言はしてましたけど、それでも聞きません? 昔よく遊んだ直美か? くらい。修吾ったら最初面倒臭そうに他人のフリしましたからね」
「あはははっ、それ照れてただけじゃない?」
「違いますよ、アイツ絶対面倒臭かったんです。手紙のこともすっかり忘れてましたし」
「う~ん、それはちょっとあんまりよね」
愚痴をしっかり聞いてくれる深雪に感謝しつつも、昨日の二人を思い出し聞いてみる。
「あの、深雪さん昨日修吾と会ってましたよね? 深雪さんこそ告白しましたか? それとも修吾から告白されました?」
直美から質問に深雪は少し驚く。
「見られちゃってたか。うん、どちらかというと告白された感じかな。昔の約束を忘れてない、って言われたし」
「深雪さんも修吾とは久しぶりに会ったんですよね?」
「ええ、七年ぶりくらいね。なおちゃんから教えてもらってた、美央中学の写真で修吾君を見てなかったら絶対分からなかった。というか、最初話し掛けたときも分からなかったくらいだもの」
(修吾の言ってたことは嘘じゃない、か)
「告白されて深雪さんはどう返したんですか?」
「う、うん。まあ、私も約束忘れてないって感じかな。正式にお付き合いしましょう、みたいな話ではなかったけど」
(これって両想いとしか……)
「やっぱり、私の入る余地って無かったですね」
「そんなことないわ。前にも言ったけど、人の想いは理論じゃない。ふとしたきっかけで善くも悪くも変化する。問題は、なおちゃん自身がどうかっていう点だけ。諦めてあっさり他へ行くならその程度の想いだし、それが悪いとも言えない。他の人に幸せにしてもらえることも十分ある。修吾君じゃないとダメって考えるなら、私と同じようにずっと想い続けるしかない。そのかわり、寂しい青春時代を送る可能性大だけど」
しかし、深雪の論に直美は納得いかない。
「でも七年間両想いだった二人の間に入っていく、別れを待つとか現実的じゃないです」
「それは結果を見てそう思ってるだけ。二日前まで私は七年間一人寂しく待つ女でしかなかった。中学生から社会人になるまで彼氏を作らず、小学生だった男の子を待つって、なおちゃんの言うところの現実的なことなのかしら?」
そう言われると直美も返す言葉がない。
(確かに、青春時代の全てを放棄して待った深雪さんは凄い)
黙り込む直美に深雪は優しく言う。
「なおちゃんも私と変わらないくらいの間、修吾君を想っていたんだからショックだろうし、難しいって考えるのは分かるわ。でも、いつかは結果が出るわけだし、こうなるのは昔から分かってたはず。そして、お互いに恨みっこなし。最優先は修吾君の幸せ。修吾君が選んだ相手を尊重し幸せを願う。好きな人の幸せを願えず、そう行動できないなんて、人を好きになる資格はない、でしょ?」
(その通りだ。最優先は修吾の幸せだ)
「ごめんなさい。私ちょっと冷静じゃなかったかも。いろいろ重なり過ぎて混乱してた。っていうか恋のライバル相手に恋の相談ってやっぱりおかしいですよね」
笑いながら直美は言う。
「何を今更、昔から分かってたことだし、恋のライバルというだけの関係じゃないと思ってるけど?」
深雪の言葉に直美も素直に頷く。
「今日は、愚痴ったりいろいろと言ってごめんなさい」
「全然、ただの恋バナでしょ?」
「ですね」
「電話、いつでも頂戴ね。ライバルだけど」
深雪の含み笑いに直美も笑う。
「はい、私も修吾を諦めませんから、そのつもりでいて下さい。おやすみなさい、深雪さん」
互いに挨拶をかわすと電源ボタンを押す。
「このままじゃダメだ! もっと女を磨こう!」
深雪に感化された直美は、美脚ストレッチを始める。明日、機会があれば告白しようと心に決めながら。