初恋
第二十一話 初めての告白(直美編)
昨日の醜態を回顧し、直美は少々自己嫌悪になる。自分から話を振っておきながら、恥ずかしくなって走り去るなんて自分自身考えられない行動だった。
(有り得ない、この私がテンパって逃げ出すなんて……)
おかげで昨日に引き続き今日一日、修吾の方を一度も向けず下校するハメになっている。
(いえ、あのときは谷口の馬鹿が居たからああなったわけで私は悪くない。うん、そうだ、そうに違いない!)
頭の中で自分自身を正当化しながら、まだ見慣れない商店街を一人歩く。この時間帯は様々な人の帰宅時間と重なるため、商店街もかなり活気づいている。焼き鳥屋から流れてくる甘く香ばしい匂いに、直美の食欲も刺激される。
(こんなときは帰ってやけ食い! でも後でちゃんと運動! よし、このプランで行こう!)
歩幅を広め早く帰宅しようと心に決めたそのとき、ふと通りの自動販売機に目を向けると、見慣れた顔がそこにある。
(えっ? 修吾? なんでこんなところに)
ドキドキしながら見つめるが、考え事をしているのか直美に気付かない。
(修吾の家はこっちじゃないし。誰か待ってるとか。って私?)
一つ深呼吸するとお茶を買うという大義名分を持って自販機に近づく。
「そこにいるとお茶買いづらいんですけど」
「あっ、悪い」
お茶のボタンを押すと取り出し黙ってそれを修吾に差し出す。
(受け取るなら私に用だと思う。他の待ち合わせならペットボトルは邪魔になるから受け取らないはず)
「いいのか?」
(私だ)
「何か話あるんでしょ? ここ、修吾の家とは正反対だし」
「ああ、ちょっとな」
(なんだろ? やっぱり昨日の話かな)
「この先に公園あるから、お茶飲みながら話そう」
自分のお茶を買うと直美はさっさと歩き始める。ほどなく歩くと、いつも目に入っていた白鳥公園にたどり着く。人気の遊具であるブランコには複数の児童が集まっている。その姿を横目に見ながら、少し離れたベンチに並んで座った。
(私から話を切り出すのもどうかと思うけど、内容によっては答えづらいし……)
子供たちのはしゃぐ様子を眺めながら少し考え、仕方なく話し掛ける。
「子供、可愛いね」
「そうだな」
「小さな頃、修吾って公園でよく泣いてたよね」
からかうように修吾を見ると、ばつの悪そうな顔をする。
「知らん、昔過ぎて覚えてない」
(お茶を飲む動作でごまかしてる。可愛い)
「ま、そういうことにしといてあげる。で、話って何?」
「ああ、昨日の手紙のことなんだけど、帰って押し入れとか探したんだが、結局見付からなかったんだ。手紙の存在を忘れてたわけじゃないんだが、どうも見つかりそうもない。すまん」
(修吾、わざわざ探してくれたんだ)
「ホント律儀ね。昨日も言ったけどもういいよ」
「でも、大事な内容だったんだろ?悪いことした」
「いいって」
「内容なんだったんだ? 気になって仕方ない」
(やっぱり聞いてきたか)
「んっ、それは……」
(どうしよう。なんて言おう。なんか修吾、真剣にこっち見てるし)
「子供の頃の話しだから、その、若気の至りみたいなところあるし……」
(我ながら何言ってるんだ!)
「言ってる意味が分からないんだが」
(自分でもそう思う)
「うっ……、だよね。あのね、え~っと……」
「うん」
「その……」
(ダメだ、全然頭回らない。上手い言い訳も思い付かない。ええい、もういい! 思い切って言っちゃえ!)
「いつか私をお嫁さんに貰って下さい。お返事待ってます、って書いた……」
(今、絶対顔真っ赤だよ。恥ずかしい)
「あの! あれだから、子供の頃の話しだから! 気にしないで」
「えっ? でも八年間返事待ってるって言わなかったか?」
(言った。言ってしまいました、昨日)
「うっ、それは……」
「今でも俺が好きなのか?」
(この男、デリカシー全然ない! っていうかこの状況、好きっていうしかないじゃない)
「す、好きよ。悪い?」
「いや、別に」
「別にって何よ? 別にって。もっと何か言いようないの?」
「いや、なんて言うか。そうだな、意外と言うか。八年も会ってなかったし、美人だから俺なんかとは釣り合わないな~とは思う」
「そ、そう……」
(一応、美人とかは思ってくれてるんだ。嬉しいかも)
「すまん、俺こういう恋愛関係に疎くて、上手く言えないんだ。昨日も深雪さんに怒られた。もっと女性に思いやりを持ちなさいって」
(また、深雪さんか……。そっか、深雪さんに言われたから待ってたんだ……)
「だから出来るだけ直美に対しても向き合おうと思って今日待ってた」
(そうだよね。修吾が自分から考え率先して私を思ってくれるなんて有り得ない。一人浮かれてバカみたい、私……)
「……修吾は私のことどう思ってる?」
(何聞いてんだろ私、答えわかってるのに)
「正直に言った方が良いよな?」
(言わなくてもわかってるよ、修吾……)
「俺は深雪さんが好きだ。他の女性と付き合うつもりはない。彼女が、俺の全てなんだ」
(そこまで言われたら私、道化を演じるしかないじゃん。バカ修吾……)
「直美?」
「知ってたよ。修吾の気持ち」
「えっ?」
「私と深雪さんってホントずっと仲良くって、お互いに好きな人も一緒だった。だから、二人で競うように女を磨こうってこれまで来たの。言わばライバルであり親友みたいな感じ」
(もうライバルにでも無くなりそうだけどね)
「でも中学生くらいになって修吾の生い立ちや、深雪さんとの約束を詳しく聞いて思ったの。ああ、二人の間には入れそうにないな~って。その気持ちを隠さず深雪さんに話したら、恋愛ってそんなに簡単なものじゃない、時間の流れで人の想いは変わる。どれだけ相手の事を想い続けられるかが大事だ、って教えてくれたの。もちろん深雪さん自身も修吾を諦めないし、私も諦めない。そうやって今まで切磋琢磨してきたの。修吾が深雪さんとの約束を守り続けていたら私の入る余地はないと考えてたから、昨日大宮駅で話す二人を見たとき私はきっとダメだろうなって思った」
(今はもうダメだと思ってるけど)
「あっ、でもね、ダメだと思っているのは今だけよ?」
「どういうことだ?」
「さっき言ったように、人の想いは時と共に変わるもの。特に初恋って叶わないのが普通でしょ? いつか修吾の気持ちが変わるかもしれない。深雪さんの気持ちが変わるかもしれない。私自身の気持ちも変わるかもしれない。誰かの想いが少しズレただけでも、恋愛は成立しないと思う。今、修吾の気持ちが百パーセント深雪さんに向かっていたとしても、こうやって私と会って話してくれることで、一パーセントくらい私に引き寄せることが出来るかもしれない。だから、少なくとも私自身の想いが変わるまでは、ずっと貴方を想い続けてみます」
(これが今私に言える精一杯の強がりだよ。きっと貴方は気付いてくれないけど……)
「直美が言ってる想い、凄く伝わったよ。俺ってもしかして幸せ者?」
(幸せ者よ。深雪さんと両想いなんだもの)
「アハハッ、間違いなく幸せ者よ」
「だよな。なんか申し訳ない」
(謝られると余計辛くなるの、分からないか)
「ホントだよ。こんな美人を振るなんて考えられない」
「それ、自分で言うか?」
「言うよ。だって事実だもの」
(事実じゃない、今の私の気持ちも言葉も)
「感じ悪りぃ~」
「ご心配なく。修吾以外の人の前ではちゃんと猫被りますから」
(道化を演じることが辛いなんて、自分の心に嘘をつくのがこんな辛いなんて、考えもしなかった)
「告白してスッキリしちゃった。修吾は深雪さんに告白した?」
「えっ? いや、う~ん、どうだろうか?」
「まだなのね。ま、いいわ。敵に塩は送らない主義なんで。フラれたらお早めにご連絡下さい」
(安心して修吾。貴方がフラれることはないから、貴方が傷つくことはきっとないから……)
直美は瞳から溢れそうになる涙を必死に堪えながら、優しい笑みを浮かべた。