初恋
第二十三話 洞察力(直美編)
人通りの少ない公園のベンチまで来ると直美と雄大は座る。
(こんなところ誰かに見られたら大変ね)
直美の心配をよそに、隣の雄大はずっとニコニコしている。
「川合さん」
「何?」
「俺たち、今、カップルに見えるか……」
雄大が言い終える前に素早く横腹に肘を入れる。しっかり急所に入ったようで雄大は無言で腹を押さえている。
「軽口叩くなら帰るけど?」
「す、すんません……」
「じゃあ、大まかな流れを話すわね」
深雪の名前はお姉さんとし、これまでの経緯を話す。修吾が親戚に引き取られた経緯は知らなかったようで雄大もショックを受ける。そして、修吾とお姉さんの大恋愛がめでたく結ばれ今に至ると締める。もちろん自分自身のことは一切話さない。
「お姉さん、どうしたんすかね? ホントふに落ちないっす」
「でしょ? だから、さっきからこうして私も電話してるの。全然出ないけどね」
片思いのことやら空手のことやらが雄大にはバレてしまったので、直美は被った猫を脱ぎ素で接する。
「確かに、俺じゃ力になれそうにないっす」
「でしょ?」
「はい……」
雄大を見ると少し落ち込んでいるように見える。
(コイツ、案外いいヤツなのかもね)
少し関心していると雄大がサッと直美を向く。
「川合さん!」
「な、なに?」
「なんで修吾のこと助けるんです? お姉さんってライバルなんでしょ? このまま別れた方が都合いいのに」
(修吾に話した内容の復唱になりそうで説明したくないな……)
「修吾の幸せを一番に考えてるだけ。私の幸せは二の次。それに幼なじみであり親友を助けるのは当然でょ?」
雄大の台詞を一部パクッて語るが、意外にも黙り込む。
(てっきり賛同してくれると思ってたのに。何コイツ)
しばらく黙っていた雄大はポツリと言う。
「それ、辛いっすね」
その言葉に直美はドキッとする。
「それ、自分の気持ち押し殺して、道化を演じてるみたいすもん」
(この人、いったい……)
修吾には悟らせなかった自分の本心をあっさり看破され、直美の心中はざわつく。
「川合さん、俺と同じ匂いがする」
直美は黙って耳を傾ける。
「俺、昔からいじめられっ子でいつも泣いてばかりいたんです。修吾もそうらしいけど、あいつの場合はそれを強さで跳ね退けた。でも俺はそんなに強くないからさ、道化を演じることで保身してたんだ」
(この人、やっぱりバカじゃない!)
「川合さん、クラスじゃ頼れる大人の女性演じてるけど、本当の川合さんは今俺の目の前にいる人だ」
雄大は真顔で直美を見つめる。
(観察力も洞察力も相当ね)
「だからって俺が川合さんにどうこうするってわけじゃないけど、もし一つ釈明させてもらえるなら、川合さんが転入した日の告白の補足をさせてもらいたい」
直美に断る理由もなく頷く。
「俺が、なんて告白したか覚えてる?」
「確か、初めて貴女を見たときから好きでした、かな? 前時代的なヤツ」
「うん、それ」
「どんな補足があるの?」
「初めて見たときって、転入じゃなくて去年の市営球場なんだ」
(なるほどね)
「一年以上前から、ずっと川合さんが好きだったんだ。どこの中学生か分からなくて半ば諦めてたけど」
「じゃあ、転入してきた日びっくりしたでしょ?」
「うん、これは運命だって思った」
教室では見せない真面目で涼やかな笑顔に、直美も新鮮さを感じる。
「修吾にも川合さんにもお姉さんにも全然敵わないけど、俺も川合さんだけをずっと想ってた。修吾が大変で忙しいときに不謹慎かもしれないけど、改めて本当の俺とお付き合いしてくれませんか?」
思いがけない展開と告白に直美は戸惑う。
(まさかこの人がこんなに大人だなんて思わなかった。しかも私のことを凄く理解してくれてる。普通に考えたら断る理由ないけど……)
「ごめんなさい。まだ修吾のこと諦めきれないから」
直美は素直に頭を下げる。
「う、うん、仕方ないよ。川合さんだって何年も修吾を想ってるんだもんな」
「ええ」
笑ってはいるが雄大は動揺の色を隠せない。
「じゃあ、俺、もう行きますね。修吾を助ける邪魔になるし」
「気持ちだけ受け取っておくわ。ありがとう」
「それって俺の愛を受け取るって意味……、じゃないですよね~」
直美の拳を握る姿を見て、雄大は台詞を急遽変更する。
「あの、川合さん」
「軽口叩くと殴る」
「いえ、そうじゃなくて……」
「何?」
「フランクで自然な、今の感じの川合さんも素敵ですよ。だから少なくとも、俺の前では道化を演じなくていいですから。じゃあ、また明日」
颯爽と去って行く雄大の姿を見て、直美の胸の鼓動は少し早まっていた。