初恋
第四十三話 出会い(深雪編)
翌日、昼食を済ますと優子の言われるがまま、社内のテラスに向かう。テラスには男性の先客が一人おり、どこか落ち着きがない様子で外の景色を見ている。
「優子、あれ誰?」
小声で聞くと、とんでもない回答が来る。
「商品開発部の結城真司。あんたにホの字」
「はぁ?」
深雪は思わず声を出してしまう。その声で二人に気付いたのか真司は会釈する。
「あの、優子ちゃん?」
「皆まで言うな。付き合え。以上!」
そういうと優子はサッと走り去る。
(アバウト過ぎる!)
テラスに残された深雪を見て、真司はゆっくり近づいてくる。
(前情報が名前だけで付き合えとか、どれだけハードル高いんだ!)
逃げた優子を追い掛けて文句を言いたいところだが、真司が目の前に来てそれも出来ない。
「は、初めまして。結城です」
(この人も緊張してるし)
「初めまして、白井です」
(真面目でいかにも普通って感じね)
黙って見つめていると真司の方から口を開く。
「あの、白井さんから何か大事な話があるって聞いてきたんですけど……」
(優子、後でコロス)
「え~っと、ごめんなさい。私も結城さんから何かお話があると織原から聞いてまして。おそらく、お互いに騙されたようですね」
「あっ、そうなんですか。織原さんどういうつもりだったんだろ……」
突然のことで真司も困り果てている。
(どうもこうも初対面でくっつけようと、無謀な画策をしてるんですけどね。でも、悪者系になるには二股女で修吾君を振るって状況は必要なのかも……)
黙り込む真司に深雪は優しく話し掛ける。
「あの、結城さんは入社されて長いんですか?」
「あっ、はい。五年になります」
「私より五年も先輩なんですね。部署が違いますし、こうやってお話しするのは新鮮ですね」
「そうですね。白井さんは織原さんと同じ経理部ですよね。仕事はもう慣れましたか?」
「半年経ちますがまだまだです。先日もミスばかりで同僚に迷惑ばかり掛けてます」
「最初は皆そうですから、気にしない方がいいですよ。それよりも失敗を恐れて、挑戦する気持ちを失う方が白井さんにとっても、会社にとってもマイナスだと思う」
(最初緊張してたのに、話すと普通に大人なのね)
仕事の話を織り交ぜながら真司との会話をそつなくこなし昼休みを終える。部署に戻ると他人のフリをしている優子の頭にチョップをお見舞いして席に座った――――
――夕方、逃げようとする優子を捕まえ、社内のドリンクコーナーで問い詰める。
「今日はとんでもない出会いをありがとう」
「どう致しまして」
「説明宜しく」
「真司、深雪に一目惚れ。ワタシ、キューピッド」
「なぜカタコト? っていうか事前に言ってくれれば良かったのに。結城さんも困ってたわ」
「あっ、付き合うことになった?」
「なるわけないでしょ」
「なんだ~ダメじゃん。悪女になれよ悪女に。なんなら後二、三人社員紹介しようか?」
「私を会社に居られなくする気か。どんだけ尻軽女に仕立て上げるつもりだ」
「いや~、でも実際、愛しの修吾君を未練なく振るには、二股三股くらいの悪女でちょうどいいかもよ? 好きな人が出来ました程度じゃ弱い。いっそ妊娠してデキ婚するくらいの振り方しないとインパクトないかも」
「ごめん、頭痛くなってきた……」
自分の価値観と正反対の展開を求められて、本気で頭を抱える。
(だいたい修吾君以外の男性と付き合うことすら想定外だっていうのに、三股にデキ婚って昼ドラでもないわ)
頭を押さえている深雪に対して、優子はさらに追い討ちを掛ける。
「最低でも別カレは必要。そして、そんな彼氏になりたがっている奇特なお人が、会社の正面でお待ちです」
優子の言葉を聞き慌てて正面玄関を覗くと、確かに真司がキョロキョロしている。
「昼、結城とテラスで何を話した?」
「ただの世間話」
「かわいそう~結城、あんたにべた惚れなのに」
「昼間も思ったけど、その根拠はどこから来てるの?」
「気付いてないか。この半年、通勤中ずっとあんたを見てたよ」
「ちょっとストーカーっぽくない?」
「そう? ただ通勤時に見てるだけならアリだと思うけど。深雪も通勤通学中にちょっと気になる人って居なかった?」
(正直、修吾君のことしか考えてなかった……)
「そのくらいの感覚なら分からないでもないけど、気になるなら声掛ければ良かったのに」
「深雪、気付いてないかもしれないけど、社内でも人気あるんだよ?」
「えっ?」
「さっき二、三人紹介するって言ったけど、あれマジだから。いくらでも紹介できるよ」
優子の台詞を聞いてもイマイチ実感がない。
「そんな中でも、一番深雪と気が合いそうで、真面目で出世する男を選んだ結果が結城なんだよ。イケメンでないところを除けば優良株だと思うけど?」
意外にも真面目に紹介してくれていたことと同時に、そんな情報をどこから仕入れてきたのかを疑問に感じながら真司を見つめる。
「付き合う付き合わないは別にして、あんたが出て来るまで結城ずっとあのままだろうから、早く行ってあげな。きっと食事に誘ってくれるから」
優子に背中を押されて仕方なく正面玄関に歩みを進める。真司もその姿に気付いたようで控え目に手を挙げている。
(確かに悪い人じゃないし、話も合いそうだけど。修吾君との関係を終わらすためだけに、利用してしまうようで気が引ける)
真司に会釈して話し掛けると推測通りの展開になり、改めて優子の凄さを思い知ることになった――――
――翌日、予想はしていたものの、デスクに着くなり優子がニヤニヤしながら話し掛けてくる。
「昨日はどうよ?」
いろんな意味を含めた質問に深雪も戸惑う。
「普通」
「いやいや、ご飯行ったんでしょ? 聞きたいのは詳細よ詳細」
「普通に食べて話して帰った」
「告白は?」
「するわけないでしょ? 昨日知り合ったばかりなのに」
「告白されもしなかった?」
「ええ」
「使えねぇな~結城のヤツ。ヘタレめ」
「あんたこそ何様だよ」
優子の横暴な態度に呆れながらツッコミを入れる。
「いやいや、深雪ちゃん。もう立派な大人なんだからさ、食事したら食事されなきゃ、ね?」
「意味分からないんですケド」
「あら? 深雪、処女?」
「居酒屋で恋愛の経緯話したでしょ」
「そっか、修吾君一筋だったもんね。そうか、じゃあ安直にお持ち帰りされないか」
「処女の有無関係なくお持ち帰りされないから、って始業前に話すような内容じゃないってば」
顔を赤くしながら拒否する深雪を見て優子はニヤニヤしていた――――
――夕方。会社の入り口で待機している真司を見つけて優子は呟く。
「あらら、結城のヤツまた深雪待ってるよ。今日は居酒屋でグータンばりのレディーストーク予定なのに」
居酒屋で真司を酒の肴にして飲もうと強引に誘われ、仕方なく参加を決めたところでタイミング悪く出会う。
「白井さん、織原さん、こんばんは」
笑顔の真司を見て二人とも定型の挨拶を交す。
「昨日はごちそうさまでした」
丁寧にお辞儀する深雪に真司は照れながら他愛もない返答をしている。それを見ていた優子はニヤリとする。
「結城さん、昨日のお礼に深雪が居酒屋に誘いたいそうですけど、今から三人で行きませんか?」
突然の嘘に深雪は戸惑う。真司の方は願ったり叶ったりと言った感じで快諾する。道すがら深雪は小声で優子にクレームを入れるが、素知らぬふりでスルーされた。
いつもの居酒屋に到着すると、いつものように生三つと声が掛かる。いつもの手順なので店員もよく心得ている。
「優子の分は奢りませんからね?」
「ハイハイ」
優子がおどけて答えると、真司が割って入ってくる。
「織原さんの分は僕が支払いますよ」
「あら、男前! ごちそうになります」
頭を下げる姿に深雪は怒る。
「ダメよ結城さん。優子はすぐ図に乗るんだから」
「いや、でも白井さんとこうやって仲良くなれたのは織原さんのお陰だから」
「そうよそうよ! 止めるな深雪! おまえは小姑か」
「ほぅ、小姑ときましたか。喧嘩売ってるのかしら、こちらの酒乱お姉様は?」
「あら、お言葉ね。この巨乳お姉様」
いつもの調子でやり合う二人を見て真司は笑顔になる。この日をきっかけにアフターファイブは三人で行動することが多くなり、修吾との件も考えた結果、真司と正式に付き合うことを決めた。