初恋
第四十七話 嫉妬(深雪編)

 夜、深雪は一人寝室のベッドで修吾を想う。傍らには昔のアルバムが広げられている。
(真司さんは結婚はを許さないと言ってたけど、誠実な修吾君を見れば許すのは時間の問題。沙織の幸せを考えれば許すのが当然だけど……)
 今後の展開を空想しながら深雪は考える。
(仮に結婚した場合、修吾君とは頻繁に会うことになる。場合によっては二人っきりになることも。修吾君は沙織と付き合う寸前まで私のことを想っていた。そのことを考えるとやっぱり許す訳にはいかない。沙織を不幸にしかねない……)
 挨拶に来たシーンを回顧していると修吾の顔が自然と浮かぶ。
(修吾君からの求婚を本気で捉え始めたのはいつ頃だったかな。母親が失踪して伯母さんに引き取られる前日、初めて求婚された。あれから会う度に必ず結婚しようと言われたっけ)
 深雪は昔を思い出して微笑む。
(中学生のときも相変わらず私を慕ってて、あの頃くらいかな本気で修吾君のことを……)
 当時の写真を眺めていて深雪はハッとする。
(そうか、私は……、私は修吾君を沙織に取られたくないんだ。何が沙織を不幸にしかねないだ。単純に嫉妬しているだけだ。なんて浅はかで醜い女なんだろう……)
 深雪はアルバムを力強く閉じる。
(やっぱり無理。修吾君を身近に置いて良いことはない。沙織には悪いけど結婚は諦めてもらう他ない)
 沙織を多少傷つけることになってでも、この結婚を阻止すると深雪は心に決めた――――


――半年後、幾度となく二人の付き合いを否定してきて、険悪なムードが結城家を包んでいた。結婚を阻止すると決心してからの深雪の言動は人が変わったように攻撃的となり、夫の真司すら戸惑いを隠せない。
 今朝も敵愾心剥き出しの様子でリビングに座っており、沙織はプレッシャーを感じながらも話を切り出した。
「お母さん」
「結婚の話なら聞かないわよ」
 深雪は朝ドラを見ながら素っ気なく応える。
「年の差を言われたら私たち一生結婚できない。どうすればいいの? どうすれば許してくれるの?」
「諦めるのね」
 あくまでも食い下がってくる沙織に、深雪はいつものようにあっさり答える。
「諦めない」
「私たちは許さないわよ?」
 しばらく黙っていたが、沙織は俯いたまま口を開く。
「お母さんは……、もしお父さんとの結婚を反対されていたら、諦められた?」
「それは、諦められないわね。結婚前に沙織を妊娠していたというのもあるけど」
「じゃあ、私を妊娠してなかったら諦めてたの?」
「そんなこと……」
(どのみち修吾君とは一緒になれない運命だもの。遅かれ早かれ真司さんを選んでいたはず……)
「決して諦めたりしないわ」
「私も同じだよ。修吾さんを諦めることはできない。諦めたら一生後悔するって分かるもの」
「どうあっても諦めないのね?」
「諦めない。どうしても年の差で反対するというのなら、親子の縁を切ってもらってもいい。修吾さんは私にとって掛け替えのない人だから」
「実の両親より男を取るのね?」
「それは違うよ。お父さんとお母さんどっちを取るの? って聞いてるのと一緒。どちらか一人を選ぶことなんてできない。修吾さんの存在は私にとってそれくらい大きいの。家族なんだよ、もう……」
(沙織の言うことの方が正しい。だけど……)
「分かったわ。お父さんには親子の縁を切るように言っておく。それでいいのね?」
「お母さんヒドイ。よくないの分かってて言ってるでしょ。どうしてそこまで反対するのか訳分からないよ……」
 沙織の両目には涙が溜まっている。
「大事な娘の幸せを考えているから反対しているの。沙織に結婚はまだ早いわ」
「私の幸せ……、私の幸せって何? こんなにも辛く苦しめておいて、幸せを語れるの? 年の差があるから反対だなんて、私の幸せじゃなくて、お母さんの考える幸せを押し付けてるとしか思えない……」
「勝手になさい!」
 深雪はさっと立ち上がるとテレビを消して寝室に下がる。その強烈な態度に沙織はその場に泣き崩れてしまう。
「ごめんなさい、沙織……」
 ズキズキと痛む胸を押さえながら、深雪も寝室で涙していた――――


――昼、夜勤明けの真司は帰宅そうそう、出勤していない沙織に気づき深雪に問う。
「沙織、今日仕事休んだのか?」
「ええ、今朝もまた一戦してね。親子の縁を切るという話まで飛び火したのよ」
「おいおい、それは言い過ぎだろ。もういいんじゃないか? 二人とも本気だし、この半年の加藤君の態度や誠実さを見ても申し分ないだろ?」
「真司さんは許すの? 私はあくまで反対よ」
「落ち込んで仕事まで休んでしまうなんて、もう限界だろ。このままじゃ沙織が壊れてしまうぞ? 本当に沙織の幸せを願うのなら、もういいんじゃないか?」
「……分かった。沙織を呼んでくるわ」
 二階に上がると、自室で呆然と座っている沙織を無理やり立ち上がらせ引っ張り出す。リビングに入ると真司が沙織に優しく話し掛けてくる。
「沙織、お母さんとよく話し合ったんだが、おまえと加藤君の結婚を許すことにしたから」
「えっ……」
 俯き生気のない様子だった沙織は、その言葉で驚いたように顔を上げる。
「でも、さっき親子の縁を切るって……」
「お母さんの売り言葉に買い言葉だ。本心じゃない。それくらい沙織にだって分かるだろ?」
 沙織は頷くが、深雪はただ黙って座っている。
「何もたもたしているんだ。昼からでもいいから出社しろ。加藤君に宜しくな」
 真司の言葉に沙織は大粒の涙を流す。その姿に深雪は戸惑いを隠せず、複雑な表情で見守っていた。

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