初恋
エピローグ 

 陽はすっかり落ち、夕焼けが白い雲を紅く染めている。
「修吾さんは、アタシと知った上で愛してくれた。表面上では初恋の相手を愛しているフリをして、心の底ではアタシ自身を愛してくれていた。それを知ったとき、嬉しくて号泣したもんさ」
 沙織の話を聞いていた美咲の瞳からは大粒の涙が溢れ出している。
「結局、修吾さんの初恋は叶わなかった。だけど、修吾さんもアタシも、かけがえのない愛を手にすることができた。不器用で不格好で、すごくすごく遠回りした道のりだったけど、幸せだった……」
 語られる一つ一つの言葉に、美咲はうんうんと何度も頷く。
「美咲ちゃん、さっき初恋は叶わないって言ったでしょ? でも、アタシは思うの。初恋という、もどかしくもほろ苦い経験があってこそ、真実の愛に気付けるんじゃないかって。そして、その先にある真実の愛を知りそれを叶えるために、初恋はあるんじゃないかってね……」
 にこやかに語る沙織の横顔に美咲も自然とほころぶ。
「だから、美咲ちゃんが今日感じた心の痛みや想い続けた日々、それをずっと忘れちゃだめ。それがきっといつか大きな愛に繋がるから」
「うん」
 沙織の言葉をかみしめるように美咲は深く頷く。夕日に照らされた中庭では、居眠りをしていたタロ吉がいつの間にか起きており、尻尾をふりふり二人に構ってくれ光線を出している。そこへ聞き慣れたエンジン音が車庫に響いてくる。
「お母さん帰ってきた」
「みたいだね」
「お婆ちゃん、お母さんにこの話した?」
「いいや、美咲ちゃんが初めてだよ。なんか気恥ずかしい話だからね」
「だよね。じゃあこの話は二人だけの秘密ね」
「そうしてくれると嬉しいね」
「了解。じゃあ私お母さん出迎えてくる」
「そうしといで」
 美咲は玄関に一歩踏み出そうとして踵を返す。
「ねぇ、お婆ちゃん」
「ん?」
「カッコイイよ。お婆ちゃんも、お爺ちゃんもね。私、二人の孫で幸せ」
 美咲はニコッと微笑んで颯爽と廊下を走り去る。その姿に沙織も自然と笑顔になる。よく晴れた夕焼けの空の下、鮮やかな太陽は初恋のように温かく沙織を照らしていた。


(了)
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