初恋
第八話 転入生

――八年後、中学三年生の夏と言えば部活動からの卒業と、来たる受験勉強とのプレッシャーでいろいろと想い悩む時期と言える。修吾が所属していた美央中学校野球部も県大会決勝まで行くも敗退し、部活から開放されつつも見えない将来に不安を抱く生徒がほとんどだ。
「修吾は卒業したらどうすんだ?」
 真っ黒に日焼けした同じく元野球部の谷口雄大がシャツのはだけただらしない格好で聞いてくる。友人である修吾の部屋とはいえリラックスし過ぎて、もはや自室のような振る舞いをしていた。
「俺は去年卒業した亮先輩のところで働くよ」
「えっ! マジで?」
 寝転がっていた雄大はそのセリフに驚き跳び起きる。
「高校は?」
「いや、俺ここ居候だから」
「そうか、知らなかった。なんかすまん」
 雄大は居心地悪そうに丸刈り頭をポリポリ掻くが童顔でどこか愛嬌がありクラス内でも人気があった。一方、修吾も同じく短髪だが、体格は成人男性並に大きく目も鋭いこともあり、子供に全く懐かれないことに少し凹んでいる。
「ま、仮に普通に両親が居ても働いてたと思うけどな」
 雄大を気遣うようにフォローする。
「なんで?」
「……誰にも言わないか?」
「言わない言わない。何だよ、勿体振るなよ~」
「好きな女がいるんだ」
「おぅ、いいね! で?」
「早く結婚したいから、早く一人前の社会人になって迎えに行きたい。そのためには高校行くより早く働く方がいいと思ったんだ」
「で、どこの誰よ? 同じ学校のヤツ?」
 女性の問題ということもあってか雄大の食いつきようは半端ではない。
「同級生じゃねえよ。当然誰にも言うつもりもないしな」
「ここまで話しておいて生殺しとは! お代官様、どうかゴシップネタのお恵みを~」
「話す気満々じゃねぇか。しばくぞ!」
 漫才のような掛け合いをしながらも修吾は心に深雪を想い、覚悟を確固たるものにしていた――――


――九月、始業式。夏休みが終わり三年生のほとんどは覇気を失った状態で登校している。
「終わった……、俺の青春は終わったぜ、修吾……」
 朝一から雄大は机にうつぶせになり、ノックアウト状態になっている。
「どうした?」
「いや、残す休みは冬休みだけだぜ? 遠いわ~」
「今から冬休み考えてるヤツ初めて見たわ」
 修吾は呆れ顔で雄大の頭をツンツン突く。ホームルームのチャイムが鳴ると皆席に着く。修吾の席は雄大の隣なので、担任が来るまでギリギリ話していても問題はない。
 しばらくすると夏休みの間、見なくて済んだ担任の通称油ぎっちょん先生が登場する。この夏の暑さで豚汁が身体の至るところから噴出している。
「修吾、アレはセクハラだよな?」
 隣の席から雄大がチャチャを入れる。
「最近俺はオマエの日本語を理解出来なくなりつつあるわ」
 雄大にツッコミを入れていると、担任の後から一人の女子生徒が入ってくる。
「転校生?」
「転入生とも言うな。こんな時期に珍しいな」
「つーか、モデルか何かか? かなり美人じゃね?」
「ん? 俺には関係ない話だな」
 修吾は全く興味のない目でその女子生徒を見ていたが、後に驚くことになる。担任からの御定まりの紹介の後、女子生徒は自ら挨拶した。
「川合直美と申します。どうぞ宜しくお願い致します」

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