クールな御曹司と溺愛マリアージュ
あの人が帰って来ようが全然関係ないし大丈夫だけど、全く気にならないと言えば嘘になる。

それは河地さんが気になるとかそういうことではなく、正直会いたくないという思いからくるものだ。


急いで鞄を持った私は、みんなに頭を下げた。

「すいません、お待たせしました」


外に出ると、今日は雲行きが怪しいからか、いつも以上に湿気を含んでいるようで蒸し暑い。


「さっきの電話。なんかあったのか?」

鍵を閉めている私に、佐伯さんがうしろから声を掛けてきた。

「いえいえ、なにもないです」

嘘じゃない。だって、河地さんと私はもうなにも関係ないし、特別な感情も全くない。

だけどやっぱり私のトラウマの基となった人だから、戻ってきていると分かれば多少は動揺してしまう。


拓海さんと成瀬君のうしろを私は佐伯さんと並んで歩いているけれど、頭の中は軽くパニック状態だ。

出来れば会いたくない。今からでも会社に戻って留守番をしていたい。


「柚原」

「えっ、はい。なんですか?」

「変な顔になってるぞ」

佐伯さんの言葉に、私は咄嗟に自分の顔を軽く触った。


「眉間にしわ寄せて俯いて、最近はだいぶ表情も明るくなったと思ったのに、また逆戻りか?」

「そ、そうですかね?大丈夫ですよ、いつもと変わりません」

疑いの目を向ける佐伯さんに、引きつりながらも精一杯笑って見せた。


「なんだその下手くそな笑い方は」

「下手くそって、そんな言い方しなくたっていいじゃないですか!これが私の笑顔なんです!」


思わず佐伯さんにまで噛みついてしまうほど、私の心は乱れていた。

今日は薄いブルーのブラウスに、佐伯さんからもらったネイビーのスカートを合わせている。

またダサいと思われたら、笑われてしまったら……。

少しだけ自信がついてきたところなのに、また心を折られてしまったら、今度こそ立ち直れなくなる。



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