クールな御曹司と溺愛マリアージュ
パソコンの電源を切り机の上を整理して、定時を三十分過ぎたところで荷物を手に持った。

まだ残っている社員に挨拶をして総務部を出ると、そこで一度立ち止まって鞄の中からスマホを取り出した。お昼休みに送ったLINEの返事が、ついさっき届いていたから。


[今日、話せませんか?]

[今駅でこれから会社に戻るけど、少し時間あるからバスタ珈琲にいるよ。そう言えば今日休憩取ってないんだ]


なんだろう、この違和感。私と河地さんの間には明らかに温度差がある。

付き合っていると思っている私と、何故か違う彼女が出来ている彼。もし後ろめたい気持ちがあるのならあんなに堂々と彼女を紹介しないだろうし、本来なら私に会わせる顔もないはず。

やっぱり私の知らない間に私たちは別れているという事だ。でもそんな記憶は全くないし。


悩んでも仕方ない、とにかく向かおう。



会社から駅までは、徒歩で十分程。駅まで真っ直ぐ続いている大通りにはお洒落なカフェや飲食店も数多く立ち並んでいる。

もう五年もこの道を歩いているからか、人混みをぬって歩くのにはもう慣れた。

楽しそうに話をしながらのんびり歩くカップルと学生達の間を上手にスッと通り過ぎ、バスタ珈琲の前で立ち止まった。


河地さんは、ここのコーヒーが好きだった。会社にも自由に飲めるコーヒーは常備してあるけれど、河地さんはわざわざここまで買いに来ることもあって、私にも勧めてきたり……。

でも私は、正直コーヒーよりも紅茶派だ。

お洒落なレストランよりも、大衆居酒屋の方が落ち着く。

だけどそれを河地さんに言った事はなかった。


そうやって自分の意見を言わず、河地さんに合わせてたところがいけなかったんだろうか。


自動ドアを開けると店員が寄ってきたが、小声で『待ち合わせです』と言い、彼の姿を探した。

夕飯時だからか人の姿はまばらで、広い店内でもすぐにその姿を見つけることができた。

奥の方のソファーの席で、左手をカップに添えながら右手でスマホをいじっている河地さん。


< 16 / 159 >

この作品をシェア

pagetop