クールな御曹司と溺愛マリアージュ
「どうしました?」

「ていうか、今日はもう帰っていい。悪いな、仕事に集中してて時間見てなかった」

壁の時計を見ると、十九時を過ぎていた。

やっぱり今日も、残業はさせてくれないんだ。


「私、大丈夫です。頼まれた仕事もやってしまいたいし」

「急ぎじゃないって言っただろ。いいから帰れ」

落ち着いた口調であたり前にそう言われると、少し寂しい気持ちになる。


足元を見つめているとなんだかやりきれなくて、モヤモヤした気持ちだけが広がってしまうから、私は顏を上げて佐伯さんを見つめた。


「私がいてもたいして役に立たないかもしれないですけど、みなさんが毎日頑張ってるのに自分だけ何もしないのは嫌なんです。雑用でもなんてもやります、残業代もいりません。だからもう少し仕事させて下さい!」


残業を頼みこむなんて、普通はしないのかもしれない。

だけどこの会社で働いている私はとても充実していて、忙しくても仕事が楽しいと思えたのは初めてだったから。


顔を上げると、佐伯さんは予想通り困ったように顔をしかめている。


「いいじゃないか」

すると、パソコンに向かっていた拓海さんが振り返ってニコッと微笑んだ。

「仕事したいって言うのはいいことだろ?うちの会社は時間はバラバラだ、今日遅くなった分明日は出勤遅めにしてもらえばいいし」

拓海さんの助け舟に、私は何度も頷いた。


「はぁ……」

分かりやすく溜め息をついた佐伯さんの視線は、長時間浴びているとその威圧感で石にされてしまいそうだ。


「仕方ねぇな。好きにしろ」

ボソッと呟いて飲み物を入れに行った佐伯さん。そのうしろで私が小さくガッツポーズをすると、拓海さんが私を見てまた微笑んでくれた。



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