クールな御曹司と溺愛マリアージュ
「だから、遅くなったから送っていくって言ってんだ」

遅いって言ってもまだ二十二時前だし、飲みに行けば余裕で過ぎてしまうくらいの時間だ。


「いいですよ。電車がないわけじゃないし、今日は酔ってるわけでもないので」

少し冗談ぽく言ってみたけれど、佐伯さんは何も返さずに私の腕を掴んで歩き出した。
しかも駅とは反対の方向に。


「ちょっと、どこに行くんですか?あの、私本当に……」

「うるさい。送っていくって言ってんだ、そこは〝ありがとう〟でいいだろ」

大通りとは違って街灯が少ないせいか、佐伯さんが今どんな顔をしているのか見ることができない。


「でも、こっち駅じゃないですよね?」

「今日は車で来てる。電車だったら送るなんて言わないだろ、考えれば分かることだ」
佐伯さんの言うことが最も過ぎて、何も言い返せない。


凄く意地悪な言い方だけど車で送ってくれるなんて想像もしていなかったからか、さっきから心臓が騒がしくて……なんだか胸が締め付けられる。


「本当にいいんですか?」

「しつこい」

佐伯さんの家と私の家はそんなに遠くないことがあの日判明したけど、でも車内に二人きりって、考えただけで緊張する。


近くのパーキングに着き一台の黒い車に向かった佐伯さん。私はなんとなく近づくことができずに、少し離れた所から佐伯さんを見つめた。


「なにやってんだよ。早く乗れ」


こう言ったら失礼なのかもしれないけど、イメージにないというか絶対にしないだろうと思うことを、今私の目の前でして見せている佐伯さん。


佐伯さんは、助手席のドアを開けて私を待っていた。
そして私が車に乗りこむと、パタンと静かに閉められるドア。


車に乗った途端、さっきよりも明らかに心拍数が上がっているように感じた。

こうして時々見せる佐伯さんの意外な行動が、私の心を混乱させるから。




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