夏の日、僕は君の運命を変える
第11章 30年12月1日
僕が気が付いたのは、平成28年、今から3年前の8月25日から2年と約4ヵ月経った時だった。
目に入ったのは真っ白な病室と、傍らでうたた寝をする父の姿。
酸素マスク越しのくぐもった声で呼ぶと、父はすぐに起きて医者を呼びに行った。
父と医者の話をまとめると。
僕は3年前の28年8月25日、土木沢交差点で事故に合った。
居眠り運転の車が、信号待ちをしていた人混みに突っ込んだ。
気付いている人が多く、大きな事故にはならなかったが、事故に合った僕は記憶を失い、近くに立っていた同い年の女の子は亡くなった。
「お前の名前は春田水樹だ」
「はるたみずき…?」
「元々は奥村って名字だったんだが、奥村姓だった母さんが事故で亡くなったんだ。
だからこれからは父さんの名字、春田を使おうな」
勉強以外、周りのことも自分のことも全て抜け落ちてしまった。
自分の顔も、鏡を見て「こんな顔なんだ」と知ったぐらいだ。
何故自分が8月真っ盛りの暑い中、交差点へ行ったのかも全て忘れていた。
退院し家に帰り、父に案内されながら自分の部屋を見る。
どうやら定期的に掃除をしていたようで、片付いてはいる。
他人の部屋を見るように色々漁っていると、机の上にぐしゃぐしゃになった白い封筒が置かれていた。
「これは…?」
「事故に合った時持っていたんだ。
大事なものだったみたいだな」
開けてみると、中には柏ユメサイン会と書かれていた。
「柏ユメって…?」
「今人気の小説家だ。
母さんが出版社で働いていて、チケットが欲しいと頼んだらしい」
「僕、本読んでいたの」
部屋には見渡す限り、小説は勿論、漫画などの本が一切置かれていない。
教科書が並んでいるだけだ。
「基本俺は仕事人間だったからな…。
母さんだったら何か知っていたかもしれないが」
「そうなんだ…」
柏ユメ、小説家。
サイン会に行くほど好きだったのかな。
でも、何で一冊も本が置かれていないんだろう。