夏の日、僕は君の運命を変える





話しているうちに、1時間経ったらしい。

時間の流れは水のように早い。




『1時間経ったから、受け取りに行ってくる』

「じゃ繋げっぱなしにしておいて」

『さっきも思ったんだけどそれで良いの?
ずっと耳に無言のスマホ当てているの大変じゃない?』

「どうして?
話しかけてくれているのに気付かないのは嫌だよ。
それに、ずっと無言のスマホから心ちゃんの声が聞けるのは嬉しいからね」

『…その無自覚に相手を喜ばせること言わない方が良いよ。それじゃ』

「え?ねぇ、無自覚に相手を喜ばせるってどういうこと?
心ちゃん、僕の言葉で喜んでくれているの?
ねぇ、どういうこと!?」



相手のいなくなった電話口に向かって叫ぶ僕は変だ。

だけど、確かめたかった。

ねぇ、喜んでくれているの?




「ねぇどういうこと!?」

『え?…まさかずっと電話口に向かって言っていたの』

「だって気になったんだもん!
心ちゃん、僕が心ちゃんの声が聞けるの嬉しいって言ったの、喜んだの?」

『……』

「僕の無自覚な言葉が、心ちゃんを喜ばせているのなら、僕はずっと言い続けるよ」

『水樹くん…』

「というか無自覚だから、相手を喜ばせる言葉とかわからないや。
いつも思ったことをそのまま言っているから」

『…わたしの声聞くの、嬉しいの?』

「うん、嬉しい。繋がっているから、嬉しい。
僕を知っている人がいるっていうのが嬉しいんだ」

『変なの。
水樹くんを知っているのはそっちでもいるでしょ』

「いるよ。
でも、心ちゃんは特別」



何もかもを一瞬で全て忘れたから、誰かひとりでも記憶に僕が残ると少し嬉しい。

それが心ちゃんだと、もっと嬉しい。

忘れないでいてほしいんだ、出会えたことを。




「僕にとって心ちゃんは特別な存在。
本来出会うことのなかった、奇跡のような存在。
僕はずっとずっと、心ちゃんとの日々を宝物にしていきたい」

『ばっ……馬鹿!』

「ば、馬鹿!?
何で僕馬鹿なんて言われないといけないの!」

『そ、そんなの普通恋人に言うでしょ!
彼女じゃないわたしに言わないでよ!』

「僕にとって今の彼女は心ちゃんだけどなぁ」

『わ、わたしには好きな人が!』



すっと、心ちゃんが息を飲む。

…様子が、少し可笑しい?




「…心ちゃん?」

『……ッ!』

「心ちゃん?心ちゃーん?どうしたー?」



名前を呼んでも、反応がない。

何かあった?

何があった?




『……何で…』



震えた声。

僕は黙るしか出来ない。




『どうしてっ……』



泣きそうな声。

…いや、きっと泣いてしまっている。

さっきまで笑っていた彼女は、一瞬にして泣いてしまっていた。




< 97 / 131 >

この作品をシェア

pagetop