【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を
ショートストーリーその2 ~キュリオとアオイと、ときどきティーダ様~
今日も穏やかな日の光が降り注ぐ悠久の国。
その国の王であるキュリオ様の姫君に対する溺愛ぶりは日に日に増すばかりです。
「うん? 窓の外になにかいるのかい?」
執務の息抜きに愛する娘を腕に抱いたキュリオは、一点を見つめて手を伸ばす赤子と窓を交互に見つめた。
「きゃははっ」
足をバタつかせ、興奮しているアオイに笑みがこぼれる。
「お前を魅了するものが日々増えているな。あとで一緒に中庭へ出てみようか」
キュリオはアオイが求めるままに色々なものを見せてやりたいと常に思っている。たくさんのものを目にし、考え、感受性を高めることが人としての成長に繋がるのだと考えているからだ。
「キュリオ様、こちらの書類へもお目通し願いたいのですが……」
「……今日中に済ませなくてはならないものはあとどれくらいだ?」
珍しく時間を気にするような発言をしたキュリオに、執務室にいた若い家臣は目を丸くしてハッと答える。
「……サ、サインが必要となりますものはおよそ百、それに対します報告書がおよそ五千枚でございます!」
人の世界でいう悠久のこの時期は年度末にあたる。
国で用意した予算が何に使われたか細部にまで王が目を通し、不備や不正など疑わしいところがあれば、大臣らがただちに調査を開始するというのが決まりだった。
歴代の王たちは文句ひとつ言うことなく、この作業を夜通し続けていたというがキュリオとて不満を言ったことは一度もなかった。……はずだった。
「…………」
「……っっ!!」
王の沈黙にドッと汗が噴き出した家臣たち。
ただの人間であれば、そんなことを夜通し続けていたら死んでしまう。それほど過酷なことをキュリオひとりにやらせているのだから、キュリオの怒りはもっともであることを彼らは思い出してしまったのだ。『キュリオ様の怒りの原因は過酷なまでの執務の量にある……』と、そう思い込んでいた。
『……キュリオ様! アオイ姫様のお世話は俺たちに任せてくださいっ!!』
『アオイ姫様はそろそろミルクのお時間でございます。私が用意してまいりますので、キュリオ様はどうぞ執務へ専念なさってください』
突如、扉の向こうから聞こえたのはアオイの世話係を任命された<見習い剣士>カイと、<魔導師>アレスの声だった。どうやら耳をそばだて、自分たちの出番を伺っていたらしいふたりの申し出にキュリオは命じる。
「……カイ、アレス。ふたりへ暇を与える。私の沙汰があるまで好きに過ごしなさい」
『えぇっ!!』
『な、なぜです!? キュリオ様! 私たちはアオイ姫様のっ……!』
『キュリオ様に向かってなんて口の利き方をするのです! 言いつけを守れない子が姫様を守れますか!?』
『いででっ!! 耳引っ張るなって!』
「…………」
どうやら通りがかった女官に話を聞かれていたらしく、カイとアレスが説教をくらってしまったようだ。どんどん遠くなる三人の声にキュリオは表情も変えずアオイへ視線を落とす。
「ミルクも散策も私が連れて行く。……昼寝は私の膝でいいだろう?」
「……」
言われている意味がわからないアオイはまだ言葉を紡ぐことはできなかったが、彼が拒絶を受け入れてくれないであろうことは、不思議と赤子の頃からわかっていたということが彼女の後の談から明らかになる。
――そして、その様子を窓の外から傍観していた人物がいた。
「……ったくキュリオのやつ、アオイのこと一日中離さねぇつもりかよ」
もはやこの言葉が彼の口癖となっていた。隙あらばアオイとの接触を試みていた紅の瞳に黒髪の青年。彼は今日も気配を殺しながら赤子が見える樹木の上に寝そべっている。アオイがよく窓の外を見てはしゃいでいるのも彼の姿を見ているからであり、ふたりの言葉なき逢瀬はたびたび繰り返されていることをキュリオは知らない。
「しょうがねぇな……出直すか」
(……じゃあな、アオイ)
キュリオの背で見えなくなってしまった赤子の名を心で呼びながら漆黒の翼で羽ばたく。
もはや一目会うだけでは飽き足らず、ガラスを破って赤子を奪ってしまいたい衝動に駆られることが多くなった彼は、自分の国へ戻ると愚痴をこぼすようになっていた。
「キュリオのやつ、アオイを誰にも触らせない気だぜ」
だらしなく王座に座するティーダは口を尖らせながら頬杖をついていた。
「ねぇ王、そのアオイってだぁれ?」
黒髪の妖艶な女ヴァンパイアが悪友の愚痴を聞くような態度で自爪を研ぎながら適当に話につきあっている。
「キュリオの娘だ。まだほんの小さい赤ん坊だけどな」
「……キュリオ様に子っ!? キュリオ様の子を孕んだのはどこの女なのぉおおっ!! あ~んっ!! 許せないぃい!!!」
キュリオの美しさはヴァンパイアの国でも有名だった。
いくら敵対国と言えど、おもに敵視されているのは悠久の国からヴァンパイアの国へ向けられているもので、ヴァンパイアたちは嫌われて殺されたとしても仕方がない……程度にしか思っていないのだ。それどころか聖人君子、眉目秀麗などを絵に描いたような人物なのだから女ヴァンパイアたちの受けもよく「死ぬならキュリオ様に貫かれて死にたいわぁ~」と、本気で願っている輩が大勢いるのが現実だった。
「……アオイとはたぶん血は繋がってねぇ……」
「……あら」
意外な王の言葉に女ヴァンパイアが身を乗り出す。
「それじゃあ、王がそのなんとかって赤ん坊を連れてきたってキュリオ様は追いかけてこないんじゃない?」
「赤ん坊の肌に牙を突き立てる感触……想像しただけでもゾクゾクしますねぇ」
どこからともなく男ヴァンパイアが興奮したように姿を現した。おそらくこれが普通のヴァンパイアの反応なのだろうが、ここの王は少し違った。
「馬鹿か。てめぇの胸に銀の杭打ち込むぞ」
「な、なぜです!? たかが悠久の赤ん坊でしょう!?」
ぎょっとした男ヴァンパイアが慌てて釈明するも、目の前のティーダ王は頷かない。
「アオイは駄目だ。傷ひとつでも付けやがったら殺すからな」
「またそんなこと言ってぇ~、自分だって近づけないくせに。そのなんとかって赤ん坊はキュリオ様が離さないんでしょう?」
「……なんとかじゃねぇ。アオイだ」
「……あのキュリオ王が過保護、というのはどうも想像がつきませんがね……」
他人を寄せ付けず、万人に対して常に凛とした姿勢を崩さない悠久の王が無類の赤子好きである可能性などあるだろうか? と男ヴァンパイアは頭を悩ませる。
「過保護すぎんだよなー……ベタベタしやがって……」
王座のひじ掛けに足を預け、ふて寝を決め込んだ彼に女ヴァンパイアがチクリと嫌味をこぼす。
「そんなこと言ってぇーそのアオなんとかが自分の娘だったら絶対同じことするくせに~」
「あ? 俺がか? ……そんなわけ、な……」
――言い切る自信がなかったティーダは、ふとキュリオと自分を置き換えて考える。
今日も穏やかな月の光が降り注ぐヴァンパイアの国。
その国の王であるティーダ様の姫君に対する溺愛ぶりは日に日に増すばかりです。
「お? 窓の外になんかいるか?」
執務の息抜きに愛する娘を腕に抱いたティーダは、一点を見つめて手を伸ばす赤子と窓を交互に見つめた。
「きゃははっ」
足をバタつかせ、興奮しているアオイに笑みがこぼれる。
「お前ほんとに可愛いな。あとで一緒に深闇の森にでも行ってみるか?」
ティーダはアオイが求めるままに色々なものを見せてやりたいと常に思っている。たくさんのものを目にし、考え、闇に慣れることがヴァンパイアとしての成長に繋がるのだと考えているからだ。
「ティーダ様、こちらの書類へもお目通し願いたいのですが……」
「……なんだ? 今日中にやらなきゃいけないやつか?」
珍しく時間を気にするような発言をしたティーダに、執務室にいた若いヴァンパイアは目を丸くしてハッと答える。
「……サ、サインが必要となりますものはおよそ百、それに対します報告書がおよそ五千枚でございます!」
人の世界でいうヴァンパイアのこの時期は年度末にあたる。
国で用意した予算が何に使われたか細部にまで王が目を通し、不備や不正など疑わしいところがあれば、大臣らがただちに調査を開始するというのが決まりだった。
歴代の王たちは文句ひとつ言うことなく、この作業を夜通し続けていたというがティーダとて不満を言ったことは一度もなかった。……はずだった。
「……ふざんけんな。てめぇがやりやがれ」
「……っっ!!」
王の言葉にドッと汗が噴き出したヴァンパイアたち。
ただのヴァンパイアであれば、そんなことを夜通し続けていたら死んでしまう。それほど過酷なことをティーダひとりにやらせているのだから、ティーダの怒りはもっともであることを彼らは思い出してしまったのだ。『ティーダ様の怒りの原因は過酷なまでの執務の量にある……』と、そう思い込んでいた。
『……ティーダ様! アオイ姫様のお世話は俺たちに任せてくださいっ!!』
『アオイ姫様はそろそろミルクのお時間でございます。私が用意してまいりますので、ティーダ様はどうぞ執務へ専念なさってください』
突如、扉の向こうから聞こえたのはアオイの世話係を任命された雑魚ヴァンパイアと、出来損ないヴァンパイアの声だった。どうやら耳をそばだて、自分たちの出番を伺っていたらしいふたりの申し出にティーダは命じる。
「……てめぇら。棺桶で百年寝やがれ。いや、永遠に起こさねぇから安心して眠れ」
『えぇっ!!』
『な、なぜです!? ティーダ様! 私たちはアオイ姫様のっ……!』
『ティーダ様に向かってなんて口の利き方をするのです! 言いつけを守れない子が姫様を守れますか!?』
『いででっ!! 耳引っ張るなって!』
「…………」
どうやら通りがかった女ヴァンパイアに話を聞かれていたらしく、雑魚らが説教をくらってしまったようだ。どんどん遠くなる三人の声にティーダは表情も変えずアオイへ視線を落とす。
「ミルクも散策も俺が連れて行く。……寝るときは俺の膝でいいだろ?」
「……」
言われている意味がわからないアオイはまだ言葉を紡ぐことはできなかったが、彼が拒絶を受け入れてくれないであろうことは、不思議と赤子の頃からわかっていたということが彼女の後の談から明らかになる――。
「……まったくキュリオ王と同じじゃないですか……」
精神をリンクした男ヴァンパイアが呆れたように横目で見ている。
「ミルクなんてこの国にないわよー。そのあたりはどうするんです?」
同じく精神をリンクさせた女ヴァンパイアの質問が的確に的を射た。
「……ん?」
「あー……」
「……そうだな……」
「俺の乳をやるから問題ないだろ」 ※出ません。
「……ぜ、前言撤回させていただきます……。キュリオ王以上ですね……」
「……あ? どこがだよ。変わらねぇだろうが」
「……なにこの会話~、付き合ってらんないんだけどぉ~……」
「…………」
「……」
ショートストーリーその2 ~キュリオとアオイと、ときどきティーダ様~
おしまい❤
その国の王であるキュリオ様の姫君に対する溺愛ぶりは日に日に増すばかりです。
「うん? 窓の外になにかいるのかい?」
執務の息抜きに愛する娘を腕に抱いたキュリオは、一点を見つめて手を伸ばす赤子と窓を交互に見つめた。
「きゃははっ」
足をバタつかせ、興奮しているアオイに笑みがこぼれる。
「お前を魅了するものが日々増えているな。あとで一緒に中庭へ出てみようか」
キュリオはアオイが求めるままに色々なものを見せてやりたいと常に思っている。たくさんのものを目にし、考え、感受性を高めることが人としての成長に繋がるのだと考えているからだ。
「キュリオ様、こちらの書類へもお目通し願いたいのですが……」
「……今日中に済ませなくてはならないものはあとどれくらいだ?」
珍しく時間を気にするような発言をしたキュリオに、執務室にいた若い家臣は目を丸くしてハッと答える。
「……サ、サインが必要となりますものはおよそ百、それに対します報告書がおよそ五千枚でございます!」
人の世界でいう悠久のこの時期は年度末にあたる。
国で用意した予算が何に使われたか細部にまで王が目を通し、不備や不正など疑わしいところがあれば、大臣らがただちに調査を開始するというのが決まりだった。
歴代の王たちは文句ひとつ言うことなく、この作業を夜通し続けていたというがキュリオとて不満を言ったことは一度もなかった。……はずだった。
「…………」
「……っっ!!」
王の沈黙にドッと汗が噴き出した家臣たち。
ただの人間であれば、そんなことを夜通し続けていたら死んでしまう。それほど過酷なことをキュリオひとりにやらせているのだから、キュリオの怒りはもっともであることを彼らは思い出してしまったのだ。『キュリオ様の怒りの原因は過酷なまでの執務の量にある……』と、そう思い込んでいた。
『……キュリオ様! アオイ姫様のお世話は俺たちに任せてくださいっ!!』
『アオイ姫様はそろそろミルクのお時間でございます。私が用意してまいりますので、キュリオ様はどうぞ執務へ専念なさってください』
突如、扉の向こうから聞こえたのはアオイの世話係を任命された<見習い剣士>カイと、<魔導師>アレスの声だった。どうやら耳をそばだて、自分たちの出番を伺っていたらしいふたりの申し出にキュリオは命じる。
「……カイ、アレス。ふたりへ暇を与える。私の沙汰があるまで好きに過ごしなさい」
『えぇっ!!』
『な、なぜです!? キュリオ様! 私たちはアオイ姫様のっ……!』
『キュリオ様に向かってなんて口の利き方をするのです! 言いつけを守れない子が姫様を守れますか!?』
『いででっ!! 耳引っ張るなって!』
「…………」
どうやら通りがかった女官に話を聞かれていたらしく、カイとアレスが説教をくらってしまったようだ。どんどん遠くなる三人の声にキュリオは表情も変えずアオイへ視線を落とす。
「ミルクも散策も私が連れて行く。……昼寝は私の膝でいいだろう?」
「……」
言われている意味がわからないアオイはまだ言葉を紡ぐことはできなかったが、彼が拒絶を受け入れてくれないであろうことは、不思議と赤子の頃からわかっていたということが彼女の後の談から明らかになる。
――そして、その様子を窓の外から傍観していた人物がいた。
「……ったくキュリオのやつ、アオイのこと一日中離さねぇつもりかよ」
もはやこの言葉が彼の口癖となっていた。隙あらばアオイとの接触を試みていた紅の瞳に黒髪の青年。彼は今日も気配を殺しながら赤子が見える樹木の上に寝そべっている。アオイがよく窓の外を見てはしゃいでいるのも彼の姿を見ているからであり、ふたりの言葉なき逢瀬はたびたび繰り返されていることをキュリオは知らない。
「しょうがねぇな……出直すか」
(……じゃあな、アオイ)
キュリオの背で見えなくなってしまった赤子の名を心で呼びながら漆黒の翼で羽ばたく。
もはや一目会うだけでは飽き足らず、ガラスを破って赤子を奪ってしまいたい衝動に駆られることが多くなった彼は、自分の国へ戻ると愚痴をこぼすようになっていた。
「キュリオのやつ、アオイを誰にも触らせない気だぜ」
だらしなく王座に座するティーダは口を尖らせながら頬杖をついていた。
「ねぇ王、そのアオイってだぁれ?」
黒髪の妖艶な女ヴァンパイアが悪友の愚痴を聞くような態度で自爪を研ぎながら適当に話につきあっている。
「キュリオの娘だ。まだほんの小さい赤ん坊だけどな」
「……キュリオ様に子っ!? キュリオ様の子を孕んだのはどこの女なのぉおおっ!! あ~んっ!! 許せないぃい!!!」
キュリオの美しさはヴァンパイアの国でも有名だった。
いくら敵対国と言えど、おもに敵視されているのは悠久の国からヴァンパイアの国へ向けられているもので、ヴァンパイアたちは嫌われて殺されたとしても仕方がない……程度にしか思っていないのだ。それどころか聖人君子、眉目秀麗などを絵に描いたような人物なのだから女ヴァンパイアたちの受けもよく「死ぬならキュリオ様に貫かれて死にたいわぁ~」と、本気で願っている輩が大勢いるのが現実だった。
「……アオイとはたぶん血は繋がってねぇ……」
「……あら」
意外な王の言葉に女ヴァンパイアが身を乗り出す。
「それじゃあ、王がそのなんとかって赤ん坊を連れてきたってキュリオ様は追いかけてこないんじゃない?」
「赤ん坊の肌に牙を突き立てる感触……想像しただけでもゾクゾクしますねぇ」
どこからともなく男ヴァンパイアが興奮したように姿を現した。おそらくこれが普通のヴァンパイアの反応なのだろうが、ここの王は少し違った。
「馬鹿か。てめぇの胸に銀の杭打ち込むぞ」
「な、なぜです!? たかが悠久の赤ん坊でしょう!?」
ぎょっとした男ヴァンパイアが慌てて釈明するも、目の前のティーダ王は頷かない。
「アオイは駄目だ。傷ひとつでも付けやがったら殺すからな」
「またそんなこと言ってぇ~、自分だって近づけないくせに。そのなんとかって赤ん坊はキュリオ様が離さないんでしょう?」
「……なんとかじゃねぇ。アオイだ」
「……あのキュリオ王が過保護、というのはどうも想像がつきませんがね……」
他人を寄せ付けず、万人に対して常に凛とした姿勢を崩さない悠久の王が無類の赤子好きである可能性などあるだろうか? と男ヴァンパイアは頭を悩ませる。
「過保護すぎんだよなー……ベタベタしやがって……」
王座のひじ掛けに足を預け、ふて寝を決め込んだ彼に女ヴァンパイアがチクリと嫌味をこぼす。
「そんなこと言ってぇーそのアオなんとかが自分の娘だったら絶対同じことするくせに~」
「あ? 俺がか? ……そんなわけ、な……」
――言い切る自信がなかったティーダは、ふとキュリオと自分を置き換えて考える。
今日も穏やかな月の光が降り注ぐヴァンパイアの国。
その国の王であるティーダ様の姫君に対する溺愛ぶりは日に日に増すばかりです。
「お? 窓の外になんかいるか?」
執務の息抜きに愛する娘を腕に抱いたティーダは、一点を見つめて手を伸ばす赤子と窓を交互に見つめた。
「きゃははっ」
足をバタつかせ、興奮しているアオイに笑みがこぼれる。
「お前ほんとに可愛いな。あとで一緒に深闇の森にでも行ってみるか?」
ティーダはアオイが求めるままに色々なものを見せてやりたいと常に思っている。たくさんのものを目にし、考え、闇に慣れることがヴァンパイアとしての成長に繋がるのだと考えているからだ。
「ティーダ様、こちらの書類へもお目通し願いたいのですが……」
「……なんだ? 今日中にやらなきゃいけないやつか?」
珍しく時間を気にするような発言をしたティーダに、執務室にいた若いヴァンパイアは目を丸くしてハッと答える。
「……サ、サインが必要となりますものはおよそ百、それに対します報告書がおよそ五千枚でございます!」
人の世界でいうヴァンパイアのこの時期は年度末にあたる。
国で用意した予算が何に使われたか細部にまで王が目を通し、不備や不正など疑わしいところがあれば、大臣らがただちに調査を開始するというのが決まりだった。
歴代の王たちは文句ひとつ言うことなく、この作業を夜通し続けていたというがティーダとて不満を言ったことは一度もなかった。……はずだった。
「……ふざんけんな。てめぇがやりやがれ」
「……っっ!!」
王の言葉にドッと汗が噴き出したヴァンパイアたち。
ただのヴァンパイアであれば、そんなことを夜通し続けていたら死んでしまう。それほど過酷なことをティーダひとりにやらせているのだから、ティーダの怒りはもっともであることを彼らは思い出してしまったのだ。『ティーダ様の怒りの原因は過酷なまでの執務の量にある……』と、そう思い込んでいた。
『……ティーダ様! アオイ姫様のお世話は俺たちに任せてくださいっ!!』
『アオイ姫様はそろそろミルクのお時間でございます。私が用意してまいりますので、ティーダ様はどうぞ執務へ専念なさってください』
突如、扉の向こうから聞こえたのはアオイの世話係を任命された雑魚ヴァンパイアと、出来損ないヴァンパイアの声だった。どうやら耳をそばだて、自分たちの出番を伺っていたらしいふたりの申し出にティーダは命じる。
「……てめぇら。棺桶で百年寝やがれ。いや、永遠に起こさねぇから安心して眠れ」
『えぇっ!!』
『な、なぜです!? ティーダ様! 私たちはアオイ姫様のっ……!』
『ティーダ様に向かってなんて口の利き方をするのです! 言いつけを守れない子が姫様を守れますか!?』
『いででっ!! 耳引っ張るなって!』
「…………」
どうやら通りがかった女ヴァンパイアに話を聞かれていたらしく、雑魚らが説教をくらってしまったようだ。どんどん遠くなる三人の声にティーダは表情も変えずアオイへ視線を落とす。
「ミルクも散策も俺が連れて行く。……寝るときは俺の膝でいいだろ?」
「……」
言われている意味がわからないアオイはまだ言葉を紡ぐことはできなかったが、彼が拒絶を受け入れてくれないであろうことは、不思議と赤子の頃からわかっていたということが彼女の後の談から明らかになる――。
「……まったくキュリオ王と同じじゃないですか……」
精神をリンクした男ヴァンパイアが呆れたように横目で見ている。
「ミルクなんてこの国にないわよー。そのあたりはどうするんです?」
同じく精神をリンクさせた女ヴァンパイアの質問が的確に的を射た。
「……ん?」
「あー……」
「……そうだな……」
「俺の乳をやるから問題ないだろ」 ※出ません。
「……ぜ、前言撤回させていただきます……。キュリオ王以上ですね……」
「……あ? どこがだよ。変わらねぇだろうが」
「……なにこの会話~、付き合ってらんないんだけどぉ~……」
「…………」
「……」
ショートストーリーその2 ~キュリオとアオイと、ときどきティーダ様~
おしまい❤