【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を
「美しい国ですね……」
バルコニーで感嘆のため息を漏らしながら、穏やかな風を全身で受け止めている青年が見下ろすのは悠久の国だ。
色鮮やかな花々や若葉色の樹木に囲まれている活気あふれる街並みに、穏やかな風が運んでくるのは愛らしい小鳥たちのさえずりだった。
目を閉じて感じる大地の息吹に、彼の心は清らかな小川のようにやすらいでいく。
(……これほど穏やかな気持ちで居られるのはいつ振りでしょう)
眩しそうに街並みを見つめる澄んだ瞳の奥には隠しきれないほど数多の悲しみが秘められている。
「君が僕たちの王?」
「………」
背後から声を掛けてきた青年の声に恐れはない。
恐らく、王と対等に言葉を交わせる地位のある側近か友人か……、ある程度のイメージを固めてから振り返った水色の髪の王。
そこには白銀の長い髪に獣の耳と尾を持つ神秘的な青年が表情の読み取れぬ顔でこちらを見ていた。
「始めまして。私の名はセンスイ。本日から私が悠久の王です。よろしくお願いいたします」
和の装いに、長い水色の髪を紐で高く結った女性に見紛うほどに美しい青年はそう言って一礼した。
どの清流よりも清らかで淡い色を湛えた瞳だが、それは柔和な表情に反比例して鋭さを含んでいる。社交辞令とばかりに物腰柔らかく微笑んだセンスイと名乗った彼は、右手を差し出して握手を求めてきた。
(……獣の耳に尾。そして、この威圧感は……)
誰の目から見ても、この白銀の青年が自分を拒絶していることは明らかだった。
わずか数秒で相手の本性を見極めようとする観察眼はセンスイの悲しい過去の出来事からくるものである。
「……君、幸せじゃないんだね」
差し出された手に触れようともせず、拒絶するように言葉を残して白銀の青年は背を向ける。
「……そうですね。幸せではありませんが、恵まれていると……思っていますよ」
握り返されることのなかった手を下ろしたセンスイは珍しく素直な心内を言葉にした。
「だったらそれを与えてくれたひとを大切にしたら幸せになれると思うよ。……その人が生きていたらの話だけど」
センスイのひた隠しにしていた心の奥の闇をダルドには見透かされてしまったようだ。
王の生きる時間が、人間の寿命を遥かに凌駕することは誰でも知っている。
そして、センスイという名の王が"恵まれている"と感じたからには、彼にそう思わせた相手がいるはずなのだ。
キュリオに救われる前のダルドは世界のすべてに怯えていたが、センスイと名乗った青年は攻撃的な瞳をしている。
どれほど柔和な笑みを浮かべて偽っていようとも、隠しきれないその瞳の奥の鋭さが今まで彼の人生を物語っている。
(……僕と彼はきっと似ている)
自分と似た境遇にいたと感じたダルドは最後の言葉を胸にしまってバルコニーを後にした。
「なかなか鋭い御方ですね」
(……生きていれば……)
センスイはとある人物に思いを馳せ、平和の象徴である青い空を瞳にうつす。
(どれほど闇に閉ざされた世界だとしても、……彼女さえ居てくれたら、私の心はこの空のように穏やかだったでしょうね……)
「いまは感傷に浸ってる場合ではありませんね。ふふっ、まずは探索にでも出かけてみましょう」
自嘲気味に笑いながら歩き出したセンスイが手始めに向かった先はキュリオの寝室だった。
(随分巨大な城だな。創りはとても強固で派手さはないが、優雅で品のある趣だ……)
寝室へと向かうまでの廊下に飾られた調度品や、天井に輝くクリスタルを時折立ち止まって眺めながら窓の外の従者らへと視線を投げる。
上品に笑いながら行き交う侍女や女官たちの声が城の活気に一役買っているのは間違いないようだが、人数が多すぎる。
「たったひとりの世話をするためにこれほどの侍女が……?」
自国との違いに少々驚きを隠せないセンスイはようやく寝室へとたどり着いた。
重厚な扉を開くと、大きなテーブルに銀縁の長ソファーがふたつ。奥に見える天蓋ベッドは王が体を休めるにふさわしく、大きく豪華な造りになっていた。
おもむろにクローゼットへ手を掛けると、その中にあったいくつかの衣装に驚きを隠せない。
「この王には子供がいるのか?」
いくつかのクローゼットを開いてもやはり幼子の服がズラリと並んでおり、もしかしたら王の衣装よりも多いのでは……と、思うくらいにたくさん並んでいる。
(百以上はある)
「……この数からして子供は数人いるようですね。私が面倒を見ることになるのでしょうか……」
小さくため息をつきながら寝室を出たセンスイが次に向かったのは大広間だった――。
「変なとこ来ちまったなぁ……」
紅の瞳に黒髪の青年は、雷鳴轟く漆黒の空を見上げながらポツリと呟いた。
(雷の国かと思ったがこの城を見るからに違うよな……かれこれ一時間は歩き回ってるのに誰とも会わねぇぞ)
両手を後頭部で組みながら、ところどころ壊れた城の廊下を歩き回っていると、ひとつの影が目の前を通り過ぎた。
「……おいっ!」
ようやく出会えた人間らしき影にティーダは走り出した――。
バルコニーで感嘆のため息を漏らしながら、穏やかな風を全身で受け止めている青年が見下ろすのは悠久の国だ。
色鮮やかな花々や若葉色の樹木に囲まれている活気あふれる街並みに、穏やかな風が運んでくるのは愛らしい小鳥たちのさえずりだった。
目を閉じて感じる大地の息吹に、彼の心は清らかな小川のようにやすらいでいく。
(……これほど穏やかな気持ちで居られるのはいつ振りでしょう)
眩しそうに街並みを見つめる澄んだ瞳の奥には隠しきれないほど数多の悲しみが秘められている。
「君が僕たちの王?」
「………」
背後から声を掛けてきた青年の声に恐れはない。
恐らく、王と対等に言葉を交わせる地位のある側近か友人か……、ある程度のイメージを固めてから振り返った水色の髪の王。
そこには白銀の長い髪に獣の耳と尾を持つ神秘的な青年が表情の読み取れぬ顔でこちらを見ていた。
「始めまして。私の名はセンスイ。本日から私が悠久の王です。よろしくお願いいたします」
和の装いに、長い水色の髪を紐で高く結った女性に見紛うほどに美しい青年はそう言って一礼した。
どの清流よりも清らかで淡い色を湛えた瞳だが、それは柔和な表情に反比例して鋭さを含んでいる。社交辞令とばかりに物腰柔らかく微笑んだセンスイと名乗った彼は、右手を差し出して握手を求めてきた。
(……獣の耳に尾。そして、この威圧感は……)
誰の目から見ても、この白銀の青年が自分を拒絶していることは明らかだった。
わずか数秒で相手の本性を見極めようとする観察眼はセンスイの悲しい過去の出来事からくるものである。
「……君、幸せじゃないんだね」
差し出された手に触れようともせず、拒絶するように言葉を残して白銀の青年は背を向ける。
「……そうですね。幸せではありませんが、恵まれていると……思っていますよ」
握り返されることのなかった手を下ろしたセンスイは珍しく素直な心内を言葉にした。
「だったらそれを与えてくれたひとを大切にしたら幸せになれると思うよ。……その人が生きていたらの話だけど」
センスイのひた隠しにしていた心の奥の闇をダルドには見透かされてしまったようだ。
王の生きる時間が、人間の寿命を遥かに凌駕することは誰でも知っている。
そして、センスイという名の王が"恵まれている"と感じたからには、彼にそう思わせた相手がいるはずなのだ。
キュリオに救われる前のダルドは世界のすべてに怯えていたが、センスイと名乗った青年は攻撃的な瞳をしている。
どれほど柔和な笑みを浮かべて偽っていようとも、隠しきれないその瞳の奥の鋭さが今まで彼の人生を物語っている。
(……僕と彼はきっと似ている)
自分と似た境遇にいたと感じたダルドは最後の言葉を胸にしまってバルコニーを後にした。
「なかなか鋭い御方ですね」
(……生きていれば……)
センスイはとある人物に思いを馳せ、平和の象徴である青い空を瞳にうつす。
(どれほど闇に閉ざされた世界だとしても、……彼女さえ居てくれたら、私の心はこの空のように穏やかだったでしょうね……)
「いまは感傷に浸ってる場合ではありませんね。ふふっ、まずは探索にでも出かけてみましょう」
自嘲気味に笑いながら歩き出したセンスイが手始めに向かった先はキュリオの寝室だった。
(随分巨大な城だな。創りはとても強固で派手さはないが、優雅で品のある趣だ……)
寝室へと向かうまでの廊下に飾られた調度品や、天井に輝くクリスタルを時折立ち止まって眺めながら窓の外の従者らへと視線を投げる。
上品に笑いながら行き交う侍女や女官たちの声が城の活気に一役買っているのは間違いないようだが、人数が多すぎる。
「たったひとりの世話をするためにこれほどの侍女が……?」
自国との違いに少々驚きを隠せないセンスイはようやく寝室へとたどり着いた。
重厚な扉を開くと、大きなテーブルに銀縁の長ソファーがふたつ。奥に見える天蓋ベッドは王が体を休めるにふさわしく、大きく豪華な造りになっていた。
おもむろにクローゼットへ手を掛けると、その中にあったいくつかの衣装に驚きを隠せない。
「この王には子供がいるのか?」
いくつかのクローゼットを開いてもやはり幼子の服がズラリと並んでおり、もしかしたら王の衣装よりも多いのでは……と、思うくらいにたくさん並んでいる。
(百以上はある)
「……この数からして子供は数人いるようですね。私が面倒を見ることになるのでしょうか……」
小さくため息をつきながら寝室を出たセンスイが次に向かったのは大広間だった――。
「変なとこ来ちまったなぁ……」
紅の瞳に黒髪の青年は、雷鳴轟く漆黒の空を見上げながらポツリと呟いた。
(雷の国かと思ったがこの城を見るからに違うよな……かれこれ一時間は歩き回ってるのに誰とも会わねぇぞ)
両手を後頭部で組みながら、ところどころ壊れた城の廊下を歩き回っていると、ひとつの影が目の前を通り過ぎた。
「……おいっ!」
ようやく出会えた人間らしき影にティーダは走り出した――。