【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を
充分に腹を満たしたアオイに待ち受けていたのは急速な睡魔だった。
食事も後半に差し掛かるにつれ、瞼と意識がともに現実世界を離れようとするのを彼女は必死に堪えていた。揺れる頭部とテーブルに置かれたフォークを持つ手。そんなアオイをキュリオは予想していたように口元に笑みを浮かべてその体を椅子の上から優しく抱き上げる。
「あの、キュリオ様……お食事はもうよいのですか?」
「ああ、私の部屋にアオイを連れていく。彼女が目覚めたら相手を頼む」
「畏まりました」
王と姫の背を深く頭をさげて見送る女官らは、キュリオに用意された食事が存分に減っていないことを心配しながらも、姫君に対する愛情の深さにいつも感心させられる。
「キュリオ様の姫様に対する愛は海よりもお深くていらっしゃるわ……」
ありきたりな表現になってしまうが、それ以上の例えが見つからない。その場の侍女らが女官の言葉に激しく頷き、女官の指示を受けた数人の侍女はキュリオの寝室の外へ待機すべく足早に城へと戻っていった。
――穏やかな風が広い部屋の中を優しく漂う。
昼下がりの眩い日差しが室内を照らし、陰影を浮かび上がらせながら王と姫君の入室を快く受け入れていく。
キュリオは己の胸の中で脱力しきったアオイを目を細めながら見つめている。大きなベッドへ腰かけると、静かに眠り姫を横たえてから日差しを遮るように厚めのカーテンで窓を覆っていく。そうして再び眠り姫のもとへ戻ってくると、赤子のように丸まって規則正しい寝息を立てるアオイの髪を指先で優しく梳いた。水蜜桃色のまとわりつく天使の羽のように柔らかなアオイの髪。そして時折触れる吸いつくような瑞々しい肌は、未だに赤子のときのそれと変わりなくキュリオの手によく馴染む。ひとまわり大きくなったアオイの体はもとより、その思考は赤子の殻を捨てて多様なことを学び覚え、蝶が羽化して羽ばたくように輝きを増していく。
「よく眠っている」
しばらくその寝顔を見ていたいと腰を落ち着けたものの、ほどなくしてアオイは寝返りを打ってキュリオに背を向けてしまった。無論そのままでいる彼ではない。
キュリオはベッドが軋まぬよう細心の注意を払いながら、アオイが顔を向けた方向へ体を横たえた。肩肘をつき、アオイの肩や背を優しく撫でながら、真っ白な額や頬に口づけを落としていく。最近の彼女の瞳に映るのはアレスやカイがその大部分を占めている。キュリオがそう命じ、アオイの世話係兼教育係として傍仕えをさせたが、言いようのない嫉妬心が心深くでくすぶっている。
(こんなことでは先行き不安だな……)
大人げなくアレスやカイがアオイへと送った花輪のそれに心が波立のさえ抑えられない。まさかそのうちのひとつが指輪であったなどと、キュリオが知ったならば激高したかもしれないのだ。花輪を引きちぎり、二度と会わせないようどこぞの地へとカイを追いやってしまう可能性さえあったため、不器用なカイの花輪が指輪に見えなかったのは幸いと言えよう。
名残惜しいが、キュリオは王としての務めがある。アオイを包むように抱きしめてから頬をひと撫でし、心からの想いを彼女の耳元でそっと囁いて部屋を出た。
扉をくぐったところで待機していた侍女らへアオイを傍で見守るよう指示し、恭しく命を受けた彼女たちは部屋に入っていった――。
食事も後半に差し掛かるにつれ、瞼と意識がともに現実世界を離れようとするのを彼女は必死に堪えていた。揺れる頭部とテーブルに置かれたフォークを持つ手。そんなアオイをキュリオは予想していたように口元に笑みを浮かべてその体を椅子の上から優しく抱き上げる。
「あの、キュリオ様……お食事はもうよいのですか?」
「ああ、私の部屋にアオイを連れていく。彼女が目覚めたら相手を頼む」
「畏まりました」
王と姫の背を深く頭をさげて見送る女官らは、キュリオに用意された食事が存分に減っていないことを心配しながらも、姫君に対する愛情の深さにいつも感心させられる。
「キュリオ様の姫様に対する愛は海よりもお深くていらっしゃるわ……」
ありきたりな表現になってしまうが、それ以上の例えが見つからない。その場の侍女らが女官の言葉に激しく頷き、女官の指示を受けた数人の侍女はキュリオの寝室の外へ待機すべく足早に城へと戻っていった。
――穏やかな風が広い部屋の中を優しく漂う。
昼下がりの眩い日差しが室内を照らし、陰影を浮かび上がらせながら王と姫君の入室を快く受け入れていく。
キュリオは己の胸の中で脱力しきったアオイを目を細めながら見つめている。大きなベッドへ腰かけると、静かに眠り姫を横たえてから日差しを遮るように厚めのカーテンで窓を覆っていく。そうして再び眠り姫のもとへ戻ってくると、赤子のように丸まって規則正しい寝息を立てるアオイの髪を指先で優しく梳いた。水蜜桃色のまとわりつく天使の羽のように柔らかなアオイの髪。そして時折触れる吸いつくような瑞々しい肌は、未だに赤子のときのそれと変わりなくキュリオの手によく馴染む。ひとまわり大きくなったアオイの体はもとより、その思考は赤子の殻を捨てて多様なことを学び覚え、蝶が羽化して羽ばたくように輝きを増していく。
「よく眠っている」
しばらくその寝顔を見ていたいと腰を落ち着けたものの、ほどなくしてアオイは寝返りを打ってキュリオに背を向けてしまった。無論そのままでいる彼ではない。
キュリオはベッドが軋まぬよう細心の注意を払いながら、アオイが顔を向けた方向へ体を横たえた。肩肘をつき、アオイの肩や背を優しく撫でながら、真っ白な額や頬に口づけを落としていく。最近の彼女の瞳に映るのはアレスやカイがその大部分を占めている。キュリオがそう命じ、アオイの世話係兼教育係として傍仕えをさせたが、言いようのない嫉妬心が心深くでくすぶっている。
(こんなことでは先行き不安だな……)
大人げなくアレスやカイがアオイへと送った花輪のそれに心が波立のさえ抑えられない。まさかそのうちのひとつが指輪であったなどと、キュリオが知ったならば激高したかもしれないのだ。花輪を引きちぎり、二度と会わせないようどこぞの地へとカイを追いやってしまう可能性さえあったため、不器用なカイの花輪が指輪に見えなかったのは幸いと言えよう。
名残惜しいが、キュリオは王としての務めがある。アオイを包むように抱きしめてから頬をひと撫でし、心からの想いを彼女の耳元でそっと囁いて部屋を出た。
扉をくぐったところで待機していた侍女らへアオイを傍で見守るよう指示し、恭しく命を受けた彼女たちは部屋に入っていった――。