【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を
目が覚めると、そこには最近の常となっている通り侍女たちが優しく微笑んでいた。
「姫様、お目覚めになられましたか?」
「……」
声もなく首を縦にふったアオイは瞼を幾度か上下させると一番近くにいる侍女に抱き上げられた。
まだ小さいアオイは自分でベッドの昇り降りも、重厚な扉を開くことも叶わない。そのため常に誰かが付き添って彼女の手となり足となり、幼い姫君をサポートしていた。始めの頃はキュリオの姿が見えないと不安そうにその姿を探したものだが、物分かりのよい彼女は申し訳なさそうに席を外す理由を話す父親を困らせたくなくて、素直に応じてしまったのである。
当初は見るからに気落ちしていた幼い姫君。そして、仕方がないと自分に言い聞かせながらも仕事に身が入らないキュリオの姿は見る者たちに胸の痛みを覚えさせた。
だからこそ侍女らは努めて明るく振る舞う。ふたりの笑顔が陰ってしまわないように――。
優しい侍女に抱かれたまま連れて来られた場所は、キュリオの執務室からもよく見える中庭だった。
「さあ姫様っ♪ わたくしたちと遊んでくださいませっ」
胸があたたかくなるような日の匂いを放つ真っ白なシーツがアオイの目の前で誘うようにたゆたう。
「わあっ」
ぱぁっと弾けるような笑顔で揺れるシーツと共に女官へ抱き着く。
女官は我が娘のようにアオイを可愛がり、両手にいっぱいの愛を込めて彼女を胸に抱く。
「ふふ、間もなくアレスもカイも参りましょう。それまでお暇にはさせませんわ」
(愛しい、愛しい姫様)
女官はアオイが可愛くてしょうがないといった様子で何度も頬刷りを繰り返し、アオイもまた嬉しそうに頬を染めて甘える。
シーツの中に身を潜めてかくれんぼをしている幼子の楽しそうな声はキュリオの耳にも届いた。
「…………」
(今日は目覚めるのが早いな)
キュリオの羽ペンを持つ手が止まり、風にのって聞こえてきた声に笑みがこぼれる。
すると、王の傍で執務に励んでいた<大魔導士>ガーラントが立ち上がり、窓の向こうへ視線を走らせて目を細める。
「すぐそこで遊んでおられるようですな」
「ああ。何故こうも愛し子の声は耳に心地よいのだろうな」
そう言いながら美しい音色に耳を傾けるように、椅子の背へ体を預けて目を閉じる。
すると窓から一陣の風が吹いて――
部屋の隅で束ねられた分厚い資料がパラパラと捲れる音がした。
「……」
目を開いたキュリオの視線はそれをただ遠くに見つめていたが、それを見ていたガーラントはしばらく胸の内でくすぶっていた言葉を改めて飲み込んだ。
「……」
(キュリオ様自ら御話になられないということはそういうことじゃ……)
捲れていたその資料は創世記時代の発掘の調査報告書であり、あれほど期待して出立したキュリオが一度も目を通した様子がないためガーラントは不思議に思い、尋ねる機会を伺っていたのである。
――シーツに潜りながら女官らを探しているアオイは相変わらず楽しそうに声を上げていたが、ふと呼ばれた気がして動きを止めた。
「……?」
耳を澄ませて言葉を聞き取ろうと、じっとしてみるが、聞きなれた声が自分を誘うばかりで他にも何も聞こえない。
だが、次の瞬間――
"……たすけて……"
「……!」
間違いなくアオイは聞いた。遠くで助けを求める声だ。
記憶の中の誰の声とも一致せず、アオイは目を見開いて……とある一点を見つめて走り出した――。
「姫様、お目覚めになられましたか?」
「……」
声もなく首を縦にふったアオイは瞼を幾度か上下させると一番近くにいる侍女に抱き上げられた。
まだ小さいアオイは自分でベッドの昇り降りも、重厚な扉を開くことも叶わない。そのため常に誰かが付き添って彼女の手となり足となり、幼い姫君をサポートしていた。始めの頃はキュリオの姿が見えないと不安そうにその姿を探したものだが、物分かりのよい彼女は申し訳なさそうに席を外す理由を話す父親を困らせたくなくて、素直に応じてしまったのである。
当初は見るからに気落ちしていた幼い姫君。そして、仕方がないと自分に言い聞かせながらも仕事に身が入らないキュリオの姿は見る者たちに胸の痛みを覚えさせた。
だからこそ侍女らは努めて明るく振る舞う。ふたりの笑顔が陰ってしまわないように――。
優しい侍女に抱かれたまま連れて来られた場所は、キュリオの執務室からもよく見える中庭だった。
「さあ姫様っ♪ わたくしたちと遊んでくださいませっ」
胸があたたかくなるような日の匂いを放つ真っ白なシーツがアオイの目の前で誘うようにたゆたう。
「わあっ」
ぱぁっと弾けるような笑顔で揺れるシーツと共に女官へ抱き着く。
女官は我が娘のようにアオイを可愛がり、両手にいっぱいの愛を込めて彼女を胸に抱く。
「ふふ、間もなくアレスもカイも参りましょう。それまでお暇にはさせませんわ」
(愛しい、愛しい姫様)
女官はアオイが可愛くてしょうがないといった様子で何度も頬刷りを繰り返し、アオイもまた嬉しそうに頬を染めて甘える。
シーツの中に身を潜めてかくれんぼをしている幼子の楽しそうな声はキュリオの耳にも届いた。
「…………」
(今日は目覚めるのが早いな)
キュリオの羽ペンを持つ手が止まり、風にのって聞こえてきた声に笑みがこぼれる。
すると、王の傍で執務に励んでいた<大魔導士>ガーラントが立ち上がり、窓の向こうへ視線を走らせて目を細める。
「すぐそこで遊んでおられるようですな」
「ああ。何故こうも愛し子の声は耳に心地よいのだろうな」
そう言いながら美しい音色に耳を傾けるように、椅子の背へ体を預けて目を閉じる。
すると窓から一陣の風が吹いて――
部屋の隅で束ねられた分厚い資料がパラパラと捲れる音がした。
「……」
目を開いたキュリオの視線はそれをただ遠くに見つめていたが、それを見ていたガーラントはしばらく胸の内でくすぶっていた言葉を改めて飲み込んだ。
「……」
(キュリオ様自ら御話になられないということはそういうことじゃ……)
捲れていたその資料は創世記時代の発掘の調査報告書であり、あれほど期待して出立したキュリオが一度も目を通した様子がないためガーラントは不思議に思い、尋ねる機会を伺っていたのである。
――シーツに潜りながら女官らを探しているアオイは相変わらず楽しそうに声を上げていたが、ふと呼ばれた気がして動きを止めた。
「……?」
耳を澄ませて言葉を聞き取ろうと、じっとしてみるが、聞きなれた声が自分を誘うばかりで他にも何も聞こえない。
だが、次の瞬間――
"……たすけて……"
「……!」
間違いなくアオイは聞いた。遠くで助けを求める声だ。
記憶の中の誰の声とも一致せず、アオイは目を見開いて……とある一点を見つめて走り出した――。