【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を
――涙に暮れる無力で幼い悠久の姫。
彼女は偉大な父親の悠久の王キュリオとの血の繋がりはなく、その力の恩恵を受けることはあっても自分にその力があるはずもないことは幼いながらに何となくわかっていた。
助けを求めるしか方法がないアオイは声の限り叫び、小さな肩を震わせ、己の手が深く傷つこうともラビットを苦しめる鋼の歯を解こうとする手は決して止めなかった。
「……ダウドちゃまっ……カイッ……」
繰り返し呼び続ける愛しいひとたちの名。涙が視界を遮るたびに手の甲でそれを拭うと、アオイの真っ白な頬は血に濡れて彼女が大怪我をしているように他人の目には映るだろう。
すると――
「アオイ姫!」
遠くで自分を呼ぶ声がした。
「……っ!」
はっとして顔を上げたアオイ。
凛として一際通る青年の声。胸に心地よく、彼に優しく抱かれて過ごした赤子の時代をアオイはよく覚えている。アオイは立ち上がり、その声の持ち主の名を力いっぱい叫んだ。
「ダウドちゃまーーーッ!!」
「……ッアオイ姫!?」
アオイの声がダルドの耳に届くと、胸に広がった大きな安堵感が次に求めたのはいつもと変わらぬ無事なアオイの姿だった。だが、嗅覚の優れたダルドは徐々に強くなるアオイの匂いの中に、ふたつの血の匂いが混ざっていることに気づく。
嫌な予感が当たって欲しくないと願う青年は長い白銀の髪を振り乱し、地を蹴る足にはますます力が込められる。
やがて探し求めた姫君の姿を視界に捉えると、その名を呼びながら傍へ駆け寄るダルド。
すぐに抱きしめて彼女の無事を確かめたかったが、涙の跡が残る血に濡れた頬と血らだけの手を目にしたダルドは最悪の事態を想定して息を飲んだ。
「アオイ姫ッ……一体誰に……っ!?」
咄嗟に己の衣の裾を破り、アオイの手に巻き付けていくも流れ出る血がすぐに布の色を深紅に染め上げていく。
あまりの深い傷にギリリと歯を食いしばるダルドにアオイは大きく首を振って訴える。
「たすけて、ダウドちゃまっ!」
安心感からか、アオイの瞳からまた大粒の涙が零れ落ちた。
乞われて彼女の背後を見れば、狩猟者の罠にかかってぐったりとしたラビットの姿がある。
一瞬で何が起こっているのかを把握したダルドは片膝をつき、腰に巻いたバッグから短剣と鉱物を取り出すと、これ以上ラビットの足に鋼の歯が食い込まぬよう隙間に差し込んでから鋼の合わせ目に短剣を突き刺す。
――キーンッ!!
ダルドの短剣は傷ひとつなく強靭な鋼の罠を破壊すると、短剣と鉱物を素早くバッグへ納めた彼はラビットを抱き上げたアオイごと横抱きにしてすぐさま城を目指した。
彼の足は速度を上げて駆けながら、銀色の瞳はアオイとラビットの怪我の具合を冷静に分析していた。
(アオイ姫、手に酷い怪我をしている……。そしてラビットの方は……)
キュリオのもとへ行くまでラビットの命がもつかわからないほどに大量の血が流れ出ている。恐らくこの小さな生き物は人間が仕掛けた罠から逃れようと必死でもがいたのだろう。皮膚が裂けて鮮血の中には骨までが顔を出している。
「ラビ……だいじょうぶ、だいじょうぶっ……」
ダルドの残酷な判断を他所に、腕の中の小さな命を繋ぎとめようとアオイは何度何度も語り掛けていた――。
彼女は偉大な父親の悠久の王キュリオとの血の繋がりはなく、その力の恩恵を受けることはあっても自分にその力があるはずもないことは幼いながらに何となくわかっていた。
助けを求めるしか方法がないアオイは声の限り叫び、小さな肩を震わせ、己の手が深く傷つこうともラビットを苦しめる鋼の歯を解こうとする手は決して止めなかった。
「……ダウドちゃまっ……カイッ……」
繰り返し呼び続ける愛しいひとたちの名。涙が視界を遮るたびに手の甲でそれを拭うと、アオイの真っ白な頬は血に濡れて彼女が大怪我をしているように他人の目には映るだろう。
すると――
「アオイ姫!」
遠くで自分を呼ぶ声がした。
「……っ!」
はっとして顔を上げたアオイ。
凛として一際通る青年の声。胸に心地よく、彼に優しく抱かれて過ごした赤子の時代をアオイはよく覚えている。アオイは立ち上がり、その声の持ち主の名を力いっぱい叫んだ。
「ダウドちゃまーーーッ!!」
「……ッアオイ姫!?」
アオイの声がダルドの耳に届くと、胸に広がった大きな安堵感が次に求めたのはいつもと変わらぬ無事なアオイの姿だった。だが、嗅覚の優れたダルドは徐々に強くなるアオイの匂いの中に、ふたつの血の匂いが混ざっていることに気づく。
嫌な予感が当たって欲しくないと願う青年は長い白銀の髪を振り乱し、地を蹴る足にはますます力が込められる。
やがて探し求めた姫君の姿を視界に捉えると、その名を呼びながら傍へ駆け寄るダルド。
すぐに抱きしめて彼女の無事を確かめたかったが、涙の跡が残る血に濡れた頬と血らだけの手を目にしたダルドは最悪の事態を想定して息を飲んだ。
「アオイ姫ッ……一体誰に……っ!?」
咄嗟に己の衣の裾を破り、アオイの手に巻き付けていくも流れ出る血がすぐに布の色を深紅に染め上げていく。
あまりの深い傷にギリリと歯を食いしばるダルドにアオイは大きく首を振って訴える。
「たすけて、ダウドちゃまっ!」
安心感からか、アオイの瞳からまた大粒の涙が零れ落ちた。
乞われて彼女の背後を見れば、狩猟者の罠にかかってぐったりとしたラビットの姿がある。
一瞬で何が起こっているのかを把握したダルドは片膝をつき、腰に巻いたバッグから短剣と鉱物を取り出すと、これ以上ラビットの足に鋼の歯が食い込まぬよう隙間に差し込んでから鋼の合わせ目に短剣を突き刺す。
――キーンッ!!
ダルドの短剣は傷ひとつなく強靭な鋼の罠を破壊すると、短剣と鉱物を素早くバッグへ納めた彼はラビットを抱き上げたアオイごと横抱きにしてすぐさま城を目指した。
彼の足は速度を上げて駆けながら、銀色の瞳はアオイとラビットの怪我の具合を冷静に分析していた。
(アオイ姫、手に酷い怪我をしている……。そしてラビットの方は……)
キュリオのもとへ行くまでラビットの命がもつかわからないほどに大量の血が流れ出ている。恐らくこの小さな生き物は人間が仕掛けた罠から逃れようと必死でもがいたのだろう。皮膚が裂けて鮮血の中には骨までが顔を出している。
「ラビ……だいじょうぶ、だいじょうぶっ……」
ダルドの残酷な判断を他所に、腕の中の小さな命を繋ぎとめようとアオイは何度何度も語り掛けていた――。