【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を
 アオイの匂いを追いかけてダルドが行き着いたのは人であふれる広く豊かな彩の菜園だった。
 人が苦手なダルドは足を緩めながら離れた場所でその光景を見守る。

「……」

 ふたりは用意された籠のなかに収穫したニンジンを置いていくが、すでに山になったそれはラビットが完食するまでひと月は要するほどになっていた。

「ラビット用にいくつか貰っていこう。他は……そうだな」

 アオイが喜ぶようなレシピはないかと思案するキュリオへ傍にいた料理人の青年が閃いたように進言する。

「甘く煮てグラッセにいたしましょう! ケーキにも出来ますし、アオイ姫様が喜ぶものをいくつでも!」

「それはいいな。楽しみにしているよ」

 キュリオがいつも第一に考えるのはアオイであることは誰もが知っている。親とはそういうものだと本人は思っているのだが、それが些か過剰であることを知らないキュリオは至って普通の父親だと思っているに違いない。
 たくさんのニンジンの収穫を終え、満足した様子のアオイを連れて水場でいくつかのニンジンと自分たちの土を落とすと城の中へと移動する。

「キュリオ、アオイ姫」

 通路を歩いていると声の主はすぐそこに立っていた。

「ダルド」

「ダウドちゃま!」

 ひとつのニンジンを両手で抱えていたアオイは弾むように駆け寄ってきてニンジンを頭上に掲げる。

「美味しそうなニンジンだね。ラビットも喜ぶよ」

「うんっ」

 嬉しそうに駆けて行くアオイを見守りながら、数歩後ろをキュリオがついていく。

「ダルド、ラビットと話はできたかい?」

「うん」

 隣に並んだキュリオと歩きながらダルドは先ほどの会話を話し始めた。

「ラビットがアオイ姫のことを"森の声を聞く者"って言ってた。傷を治してくれたのもアオイ姫だって」

(僕は魔法のことはよくわからないけど、アオイ姫が獣たちと言葉を交わせるのなら……嬉しい。だけどキュリオは……?)

「……そうか」

 ゆっくり瞳を閉じたキュリオは何を思うのだろう、やがて開いた瞼から覗く瞳は弾むように前方を歩くアオイを遠い目で見つめている。

「キュリオ?」

 彼がこれからどうするのかダルドは知りたかった。
 キュリオの傍にアオイが居る限り悪いことなど起こらないだろうと確信しているものの、"理(ことわり)の向こう側にいる"というアオイをどう導いていくのかどうしても気になるのだ。

「アオイの能力は私が封印した。万が一にもアオイの身に災いが降りかからぬ為だ」

「……そうなんだ……」

 "獣の声が聞こえると悪いことがあるの?"と、聞きたかったダルドだが、その言葉は声とならず胸の内に留まり続けた。
 そして、その問いをガーラントへ投げかけた少年がひとり。

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