【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を
大和と想い出の地と…
――強風が吹き荒れるなかに立ち尽くすひとりの青年がいる。和の装いに脇差、藤色の髪を高く結ったその姿は彼の故郷を思わせる国色の強いものだった。
「あ! 大和様だっ! 大和様ーっ!!」
青年の姿を目にした幼子らが弾けるような笑顔と声で川の向こうから手を振っているのが見えた。
「…………」
片手をあげて応えた青年は枯れた大地のなかに点在するいくつかのオアシスを巡回している最中だった。
「ここに居たのか」
死の大地と化した地を踏み鳴らしながら近づいた声に和の装いの青年が男へと視線を流す。
「この清流に護られたこの町はやはり別格だな」
仄暗い大地に流れる一筋の川。なんら変わりないただの水が流れているようにも見えるが、その粒子たるひとつひとつが輝いて、まるで昇らぬ太陽の光を閉じ込めたかのように輝いて美しい。そして力ある彼らの瞳にうつるのは清流から立ち昇る無数の光。それが光の壁のようになってこの町を結界のごとく取り囲んでいるのだ。
「ここへは来るなと言ったはずだ」
「"人の身"であったお前の想い出の場だからか?」
「……黙らねばお前とて容赦はしないぞ……九条」
にわかに和の装いの青年の声が低くなり、脇差に添えられた手が物騒な光を帯びる。
そんな動作にも物怖じすることなく、九条と呼ばれた長身の男は淡々と告げる。
「一国を亡ぼすに数秒とかからぬその刀とお前の力があれば敵など存在しない。だが……」
「それでも私は倒せまい」
「……その余裕が嫌いなんだよ。お前といい、仙水といい……」
眉間に皺を寄せた大和はため息をつきながら刀に添えた手を下ろした。
視界の端では橋を渡ってこちらへ来ようとする幼子らに制止の合図を送る。
「えー、どうしてだめなの?」
「どうしてもだ。川の向こうには行っちゃいけないって教えられただろ?」
口を尖らせた小さな妹を窘(たしな)める兄の姿があり、大和は自分の言いつけをしっかり守っている者がいることに安堵しながらも、刻一刻と悪化するこの世界に胸を痛める。
「大和さまはいいのに?」
引き下がらない女児はこちらをチラチラと見ながら頬を膨らませている。
大和はまるで"しょうがないな……"と言いたげな瞳で古びた木造の橋を目指して歩みを再開すると、幼子らの瞳が輝いた。
「そりゃそうだよ! なんたって大和様は王様なんだから!!」
「……壮大な勘違いをされたものだな」
何度教えても大和が王だと言われてしまうのは仕方がないことかもしれない。
「浄化の行き渡らぬこの地に立つことは死を意味する。あの幼き民にとってお前が王に見えたとしてもあながち間違いではないだろう」
「……仙水の力が弱まった今となっては誤解されても仕方がない、か……」
「そうだ。お前が全力で来れば仙水などひとたまりもない。パワーバランスでは大和のほうが断然上だからな」
「あの姿にならなければ……だろう?」
「……自我崩壊寸前に現れる"アレ"は謎が多い。
暴走した仙水が"力"を開放したらこの世界は二度と再生できなくなる」
「……この国の千年王の力ってなんなんだ……? お前なら知っているんだろう?」
橋の前で立ち止まった大和は以前から抱いていた疑問を九条へとぶつける。
「…………」
「<初代>王の側近だったお前が知らないわけがない。一体何年生きている? なぜ俺たちに黙ってる」
「……王とて無事では済まないほどの強大な力だからだ。使わせるわけにはいかない」
「それをいうなら<雷帝>の力以上のものはないんじゃねぇの」
突如ふたりの合間にひらりと舞い降りた蒼い髪の少年が会話に割って入る。
「お前まで何しに来た」
「仙水がずっと水鏡覗いてばっかでさ、なんか気になるもんでも見つけたんだろうけどよー」
「暇つぶしに来たのならガキは帰れ」
手で振り払う仕草をみせた大和に「ガキじゃねぇっつってんだろ!!」と噛み付く勢いで逆毛を立てた少年は九条を睨みつける。
「……この世界がこんなボロボロになっちまったのは誰が原因か……まさか忘れてねぇよな」
「……恐るべきは<雷帝>の力のみ……とは言い切れまい」
視線を合わせることなく静かに告げた九条に嫌な予感がよぎる。
「あん? なんだよもったいぶって……」
「……現<精霊王>が千年王だという噂を耳にした」
「…………」
「……とうとう現れやがったか……」
ゴクリと喉を鳴らしたのは蒼牙と呼ばれる少年だった。
彼とて<雷帝>の力を肌で感じたひとりとして、最強を名乗るに相応しい王であったと言い切れるほどに桁違いの実力を見せつけられたのだ。
そんな彼さえ言葉を失うほどの力を持つ千年王の<精霊王>の実力とは一体――?
「なにを怯えている? 俺たちは俺たちの王がいる限り負けたりはしない」
そう言って踵を返した大和は橋を渡ることなく、煌めく小川の傍で片膝をついて水のなかへと手を差し入れ拳を握りしめた。
「……なにやってんだ? 大和のやつ……」
かつての彼を知らない蒼牙が訝し気にその様子を見ていると、九条が元来た道を引き返す寸前に呟いた。
「この結界を施した人物のことを想っているのだろう」
「え……、これって仙水がやったんじゃないのか?」
「……すでに絶命した者の力だ」
それ以上は気が乗らないらしい九条の姿はいつの間にか消えており、取り残された蒼牙は驚いたように目を見開いた。
「……死んでるやつの力が残ってる……? それってもしかして……
おいっ! 大和!! 感傷に浸ってないで俺にも説明しろーーっ!!」
「あ! 大和様だっ! 大和様ーっ!!」
青年の姿を目にした幼子らが弾けるような笑顔と声で川の向こうから手を振っているのが見えた。
「…………」
片手をあげて応えた青年は枯れた大地のなかに点在するいくつかのオアシスを巡回している最中だった。
「ここに居たのか」
死の大地と化した地を踏み鳴らしながら近づいた声に和の装いの青年が男へと視線を流す。
「この清流に護られたこの町はやはり別格だな」
仄暗い大地に流れる一筋の川。なんら変わりないただの水が流れているようにも見えるが、その粒子たるひとつひとつが輝いて、まるで昇らぬ太陽の光を閉じ込めたかのように輝いて美しい。そして力ある彼らの瞳にうつるのは清流から立ち昇る無数の光。それが光の壁のようになってこの町を結界のごとく取り囲んでいるのだ。
「ここへは来るなと言ったはずだ」
「"人の身"であったお前の想い出の場だからか?」
「……黙らねばお前とて容赦はしないぞ……九条」
にわかに和の装いの青年の声が低くなり、脇差に添えられた手が物騒な光を帯びる。
そんな動作にも物怖じすることなく、九条と呼ばれた長身の男は淡々と告げる。
「一国を亡ぼすに数秒とかからぬその刀とお前の力があれば敵など存在しない。だが……」
「それでも私は倒せまい」
「……その余裕が嫌いなんだよ。お前といい、仙水といい……」
眉間に皺を寄せた大和はため息をつきながら刀に添えた手を下ろした。
視界の端では橋を渡ってこちらへ来ようとする幼子らに制止の合図を送る。
「えー、どうしてだめなの?」
「どうしてもだ。川の向こうには行っちゃいけないって教えられただろ?」
口を尖らせた小さな妹を窘(たしな)める兄の姿があり、大和は自分の言いつけをしっかり守っている者がいることに安堵しながらも、刻一刻と悪化するこの世界に胸を痛める。
「大和さまはいいのに?」
引き下がらない女児はこちらをチラチラと見ながら頬を膨らませている。
大和はまるで"しょうがないな……"と言いたげな瞳で古びた木造の橋を目指して歩みを再開すると、幼子らの瞳が輝いた。
「そりゃそうだよ! なんたって大和様は王様なんだから!!」
「……壮大な勘違いをされたものだな」
何度教えても大和が王だと言われてしまうのは仕方がないことかもしれない。
「浄化の行き渡らぬこの地に立つことは死を意味する。あの幼き民にとってお前が王に見えたとしてもあながち間違いではないだろう」
「……仙水の力が弱まった今となっては誤解されても仕方がない、か……」
「そうだ。お前が全力で来れば仙水などひとたまりもない。パワーバランスでは大和のほうが断然上だからな」
「あの姿にならなければ……だろう?」
「……自我崩壊寸前に現れる"アレ"は謎が多い。
暴走した仙水が"力"を開放したらこの世界は二度と再生できなくなる」
「……この国の千年王の力ってなんなんだ……? お前なら知っているんだろう?」
橋の前で立ち止まった大和は以前から抱いていた疑問を九条へとぶつける。
「…………」
「<初代>王の側近だったお前が知らないわけがない。一体何年生きている? なぜ俺たちに黙ってる」
「……王とて無事では済まないほどの強大な力だからだ。使わせるわけにはいかない」
「それをいうなら<雷帝>の力以上のものはないんじゃねぇの」
突如ふたりの合間にひらりと舞い降りた蒼い髪の少年が会話に割って入る。
「お前まで何しに来た」
「仙水がずっと水鏡覗いてばっかでさ、なんか気になるもんでも見つけたんだろうけどよー」
「暇つぶしに来たのならガキは帰れ」
手で振り払う仕草をみせた大和に「ガキじゃねぇっつってんだろ!!」と噛み付く勢いで逆毛を立てた少年は九条を睨みつける。
「……この世界がこんなボロボロになっちまったのは誰が原因か……まさか忘れてねぇよな」
「……恐るべきは<雷帝>の力のみ……とは言い切れまい」
視線を合わせることなく静かに告げた九条に嫌な予感がよぎる。
「あん? なんだよもったいぶって……」
「……現<精霊王>が千年王だという噂を耳にした」
「…………」
「……とうとう現れやがったか……」
ゴクリと喉を鳴らしたのは蒼牙と呼ばれる少年だった。
彼とて<雷帝>の力を肌で感じたひとりとして、最強を名乗るに相応しい王であったと言い切れるほどに桁違いの実力を見せつけられたのだ。
そんな彼さえ言葉を失うほどの力を持つ千年王の<精霊王>の実力とは一体――?
「なにを怯えている? 俺たちは俺たちの王がいる限り負けたりはしない」
そう言って踵を返した大和は橋を渡ることなく、煌めく小川の傍で片膝をついて水のなかへと手を差し入れ拳を握りしめた。
「……なにやってんだ? 大和のやつ……」
かつての彼を知らない蒼牙が訝し気にその様子を見ていると、九条が元来た道を引き返す寸前に呟いた。
「この結界を施した人物のことを想っているのだろう」
「え……、これって仙水がやったんじゃないのか?」
「……すでに絶命した者の力だ」
それ以上は気が乗らないらしい九条の姿はいつの間にか消えており、取り残された蒼牙は驚いたように目を見開いた。
「……死んでるやつの力が残ってる……? それってもしかして……
おいっ! 大和!! 感傷に浸ってないで俺にも説明しろーーっ!!」