【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を
――魔導師の棟の奥まった一室で、古びたテーブルに分厚い書物を広げたガーラントがいる。
日々の出来事を事細かく書き綴ったそれへ新たな一ページが加わると、軽快な足音とともに扉はノックされた。
「入りなさい」
入室の許可を得た人物は静かに扉を開くと、歴史を感じさせる蝶番の独特な金属音が響く。
「先生、遅くなってしまい申し訳ありません。失礼します」
「失礼しまーす」
姿を見せたのは、まるで大人のように落ち着いた雰囲気の黒髪の少年と、元気さが取り柄の日に焼けた少年だった。
「構わんよ。すまんな、姫様のところへ向かう前に呼び立てて」
彼らは日々の鍛錬と勉学のため一定時間、仕える姫君の傍を離れるときがある。それ故、離れていた間にアオイに起こった出来事はこうして別で報告を受けることになっているのだ。
「いいえ、……お話というのはアオイ姫様のことですよね?」
促された席に腰を下ろしながらそう言葉を発したのは賢いアレスだった。彼は呼び出された場所と呼び出した人物を頭に浮かべ、かなり慎重な話であろうことは予測できていた。
「……うむ。恐らくキュリオ様の御心はすでに決まっておる。お主らがどう思うかはわからぬが、意見があれば今ここで儂に問うて欲しいのじゃ」
「わかりました。何があったか聞かせてください」
冷静に物事を受け止めようとするアレスは実に魔導師らしい性格の持ち主だった。いつも感情が先行することなく、物事を落ち着いて見極めようとするその賢さは問題解決への近道となる。
だが、アレスの隣で上半身をこれでもかとテーブルの上に投げ出した少年は……
「なんだよもったいぶってっ……! アオイ姫様になんかあったんなら早く言ってくれって!!」
考えるよりも早く体が動くカイは、大切な姫君に良からぬことがあったのではないかと気が気ではないようだ。
「カイ、お主の心配もわかる。じゃがその心の揺らぎを姫様に悟られてはならんぞ」
「……わ、わかった。いつも通りにするって約束するぜ!」
「うむ。昼にお主らが戻り、姫様と別れたあと、いつも通り食事と御昼寝を済ませた姫様は庭で女官や侍女らと御戯れになっておった。そこまでは何ら問題もなかったらしいのじゃが……」
突如姿を消してしまった姫君を駆け付けたダルドが見つけた事。そして彼女が抱いていたラビットが瀕死の傷を負っていたにも関わらず、キュリオと合流した頃にはラビットの傷が癒えていたことがガーラントの口から説明された。
「じゃ、じゃあアオイ姫様は魔導師としての御力が……!」
魔導師のアレスは込み上げる感情を抑えきれず腰を浮かせて満面の笑みを浮かべた。やはり同じ力を持つ者として、ましてや心から敬い仕える姫君が同師となるなどこれほど嬉しいことはない。
「……そう思って間違いないじゃろう。じゃがな、そこで重大な問題が発生してしまったんじゃよ」
それまでは淡々と話していた大魔導師の表情が俄かに固くなり、それから先の出来事を聞いたアレスの表情もまた固く険しいものになっていった。
「……そんな……、そんなことが、……ありえるのですか? 御自分の傷は癒すことが出来ず、ラビットの傷だけを癒すなど……」
余程意外だったのだろう。いつもの落ち着いた瞳が動揺し宙を彷徨うように泳いでいる。
「それだけではない。姫様が姿を消した理由は、助けを求めたラビットの声を御聞きになったようなのじゃよ」
「え……」
「すげぇじゃねーか! 魔導師なのは残念だけどよっ! それにラビットと言葉を交わせるなら他の獣もだろ!?」
やはり魔法について詳しくないカイは手放しに喜んでいる。
これは予想できたことであるが、簡単には喜べない理由をアレスが説明していく。
「……そうじゃないんだ、カイ。いや、……寧ろ相当厄介だと思う……」
日々の出来事を事細かく書き綴ったそれへ新たな一ページが加わると、軽快な足音とともに扉はノックされた。
「入りなさい」
入室の許可を得た人物は静かに扉を開くと、歴史を感じさせる蝶番の独特な金属音が響く。
「先生、遅くなってしまい申し訳ありません。失礼します」
「失礼しまーす」
姿を見せたのは、まるで大人のように落ち着いた雰囲気の黒髪の少年と、元気さが取り柄の日に焼けた少年だった。
「構わんよ。すまんな、姫様のところへ向かう前に呼び立てて」
彼らは日々の鍛錬と勉学のため一定時間、仕える姫君の傍を離れるときがある。それ故、離れていた間にアオイに起こった出来事はこうして別で報告を受けることになっているのだ。
「いいえ、……お話というのはアオイ姫様のことですよね?」
促された席に腰を下ろしながらそう言葉を発したのは賢いアレスだった。彼は呼び出された場所と呼び出した人物を頭に浮かべ、かなり慎重な話であろうことは予測できていた。
「……うむ。恐らくキュリオ様の御心はすでに決まっておる。お主らがどう思うかはわからぬが、意見があれば今ここで儂に問うて欲しいのじゃ」
「わかりました。何があったか聞かせてください」
冷静に物事を受け止めようとするアレスは実に魔導師らしい性格の持ち主だった。いつも感情が先行することなく、物事を落ち着いて見極めようとするその賢さは問題解決への近道となる。
だが、アレスの隣で上半身をこれでもかとテーブルの上に投げ出した少年は……
「なんだよもったいぶってっ……! アオイ姫様になんかあったんなら早く言ってくれって!!」
考えるよりも早く体が動くカイは、大切な姫君に良からぬことがあったのではないかと気が気ではないようだ。
「カイ、お主の心配もわかる。じゃがその心の揺らぎを姫様に悟られてはならんぞ」
「……わ、わかった。いつも通りにするって約束するぜ!」
「うむ。昼にお主らが戻り、姫様と別れたあと、いつも通り食事と御昼寝を済ませた姫様は庭で女官や侍女らと御戯れになっておった。そこまでは何ら問題もなかったらしいのじゃが……」
突如姿を消してしまった姫君を駆け付けたダルドが見つけた事。そして彼女が抱いていたラビットが瀕死の傷を負っていたにも関わらず、キュリオと合流した頃にはラビットの傷が癒えていたことがガーラントの口から説明された。
「じゃ、じゃあアオイ姫様は魔導師としての御力が……!」
魔導師のアレスは込み上げる感情を抑えきれず腰を浮かせて満面の笑みを浮かべた。やはり同じ力を持つ者として、ましてや心から敬い仕える姫君が同師となるなどこれほど嬉しいことはない。
「……そう思って間違いないじゃろう。じゃがな、そこで重大な問題が発生してしまったんじゃよ」
それまでは淡々と話していた大魔導師の表情が俄かに固くなり、それから先の出来事を聞いたアレスの表情もまた固く険しいものになっていった。
「……そんな……、そんなことが、……ありえるのですか? 御自分の傷は癒すことが出来ず、ラビットの傷だけを癒すなど……」
余程意外だったのだろう。いつもの落ち着いた瞳が動揺し宙を彷徨うように泳いでいる。
「それだけではない。姫様が姿を消した理由は、助けを求めたラビットの声を御聞きになったようなのじゃよ」
「え……」
「すげぇじゃねーか! 魔導師なのは残念だけどよっ! それにラビットと言葉を交わせるなら他の獣もだろ!?」
やはり魔法について詳しくないカイは手放しに喜んでいる。
これは予想できたことであるが、簡単には喜べない理由をアレスが説明していく。
「……そうじゃないんだ、カイ。いや、……寧ろ相当厄介だと思う……」