【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を
王と神官が統治する世界
「おおっ、ガーラント殿ではないですか! ようやく剣術にも御興味が……っ!?」
もう何度目かとなるこの言葉を発したのは、カイと師弟関係にある<教官>ブラストだった。
鍛錬はすでに終了している時刻であったため、剣士の棟で武具の手入れをしていた彼は思わぬ訪問者に輝くような笑顔を見せた。
「……お主も毎度面白いやつよのぅ……」
やれやれと短いため息のあと長い顎髭を撫でたガーラントは、立ち上がったブラストに向かって彼が驚くような質問を投げかけた。
「最近エデン王には会っておるか?」
「……エデン王、ですか?」
まさか彼の名が出てくるとは思っていなかったブラストは聞き返してしまった。
剣術を通じて交流のあるエデン王とブラスト。キュリオもそれを快く思っており、エデン王の入城を制限なく許可しているため時折彼の雄々しい姿を城内で見掛けることがあった。
「うむ。ちと気になることがあってな。エデン王に伺いたいことがあるんじゃ」
キュリオの断りなくエデン王に謁見を申し出たとしても彼は断るような人物ではなく、快く会ってくれるだろうことは容易に想像できるが、詳細を語らず話を聞くには些か不自然過ぎる。
「最近は御忙しいようでこちらには御見えになられておりませんが……お急ぎの用件ですか?」
「いや、急いではおらぬよ。そなたは"向こうの世界"について聞いたことがあるかの?」
「……すこしは、ですが……。エデン王もお辛い立場のようですので……心が痛みます」
足元を見つめるブラストの瞳には哀愁が漂っている。
恐らくその先はふたりの仲だからこそ語られたであろう深い内容であり、エデン王本人以外からは聞いてはならない気がしたガーラントは話を続けてよいものかと一瞬躊躇った。
「……そうか。長く生きておられると色々おありになるじゃろうな……」
「はい。エデン王ともあろう御方が、自分は無力だと……<革命の王>という呼び名がまるで無意味だと嘆いておられます」
その国の王を象徴する力や、初代王の成し得た功績になぞらえて付けられたという二つ名が、大切な者を失ったエデンには酷くつらいものに違いない。
(あまりに残酷な運命がエデン王を苦しめている。永遠に終わらない悲劇の物語が……)
「そういえばエデン王には<革命の王>と<雷帝>という通り名があったな。<雷帝>というのは向こうの世界での名じゃと聞いたが……」
「そうですね。なんでも雷神を崇める民の祈りが幾千年をかけて力を得た……という経緯があるようです」
「神を崇める民と、そこを統治する王に神官……」
(……神官? 神官は王の側近なのじゃろうか? それともまったく別の存在か……?)
「のぅブラストよ。神官についてもう少し詳しく教えてくれんか?」
ガーラントの関心は民から神官へと移っていく。
「はい。わかる範囲でよろしければ」
「その神官の力とはどういうものかの?」
「彼らは王の側仕えであり、王に匹敵するほどの力を持っているらしいのです」
「ふむ。何故神官と呼ばれているかは知っておるか?」
「そこまで伺ったことはありませんが、それぞれが神具のようなものを持っているという話は聞いたことがあります」
「……神具のようなものじゃと?」
(妙じゃな……。神官とされる人物までが王のような能力に長けているのか? ふむ、根本的にこちらの世界の常識は通じないか……)
よほど衝撃的だったのだろう。目を大きく見開いた後、眉間に皺を寄せながら黙ってしまったガーラントは仮説の領域から抜け出す決定打にまだ出会えていないようだ。
「あの、ガーラント殿……どうかされましたか? 急に別世界のことに興味を持たれるなど、何かございましたか?」
ガーラントの質問の意図を考えていたブラストは、彼がその世界の……そこからさらにいくつかの疑問について的を絞っているように思えたからだ。
「儂らの力の出処を研究しておるのじゃよ。
力を持たぬ者が圧倒的に多い国というのは、力を持つ者からの恩恵が絶対的に大きい場合が多いんじゃ」
ガーラントはブラストの質問に正直に答えることなく、しかし嘘は言わずに説明する。
「そういわれてみれば……ヴァンパイアなどは個々の能力が高く、彼の王が自国の民に与える恩恵などあまり聞きませんね」
「うむ。悠久の国は逆じゃな。キュリオ様の絶対的な御力があるからこそ、悠久の民は力を持たずとも不自由のない生活が送れるでな」
そうなると、弱き民を守る王が強大な力を持っているのは偶然なのだろうか?
そのような論点になってくればまた別の考えが出てくるかもしれないが、ガーラントが今知りたいのはそこではなかった。
「エデン王が見ておられる向こうの世界もまた……その王と神官の力によるところが大きいと予想できる。しかもその側近までもが高い能力を持っているのはどういうことじゃろうな……」
いくらガーラントが<大魔導師>といえど、キュリオに匹敵する力など持ち合わせているわけがない。
つまり、エデン王が目にしている向こうの世界の王は身に及ぶ危険が多いのか、それとも支える世界があまりに巨大なためか……
(もしくはひとりの力では支えきれぬほど世界が荒れておれば別じゃが……)
「さすが我らが誇る<大魔導師>殿は勤勉でおられますな! ……しかし、申し訳ない。これ以上のことはわかりかねます」
「謝らんでくれ。いまはもう十分じゃよ」
(アオイ姫様がもし、悠久の生まれではない場合……世界によっては神官以上の者である可能性が高いということか……)
もう何度目かとなるこの言葉を発したのは、カイと師弟関係にある<教官>ブラストだった。
鍛錬はすでに終了している時刻であったため、剣士の棟で武具の手入れをしていた彼は思わぬ訪問者に輝くような笑顔を見せた。
「……お主も毎度面白いやつよのぅ……」
やれやれと短いため息のあと長い顎髭を撫でたガーラントは、立ち上がったブラストに向かって彼が驚くような質問を投げかけた。
「最近エデン王には会っておるか?」
「……エデン王、ですか?」
まさか彼の名が出てくるとは思っていなかったブラストは聞き返してしまった。
剣術を通じて交流のあるエデン王とブラスト。キュリオもそれを快く思っており、エデン王の入城を制限なく許可しているため時折彼の雄々しい姿を城内で見掛けることがあった。
「うむ。ちと気になることがあってな。エデン王に伺いたいことがあるんじゃ」
キュリオの断りなくエデン王に謁見を申し出たとしても彼は断るような人物ではなく、快く会ってくれるだろうことは容易に想像できるが、詳細を語らず話を聞くには些か不自然過ぎる。
「最近は御忙しいようでこちらには御見えになられておりませんが……お急ぎの用件ですか?」
「いや、急いではおらぬよ。そなたは"向こうの世界"について聞いたことがあるかの?」
「……すこしは、ですが……。エデン王もお辛い立場のようですので……心が痛みます」
足元を見つめるブラストの瞳には哀愁が漂っている。
恐らくその先はふたりの仲だからこそ語られたであろう深い内容であり、エデン王本人以外からは聞いてはならない気がしたガーラントは話を続けてよいものかと一瞬躊躇った。
「……そうか。長く生きておられると色々おありになるじゃろうな……」
「はい。エデン王ともあろう御方が、自分は無力だと……<革命の王>という呼び名がまるで無意味だと嘆いておられます」
その国の王を象徴する力や、初代王の成し得た功績になぞらえて付けられたという二つ名が、大切な者を失ったエデンには酷くつらいものに違いない。
(あまりに残酷な運命がエデン王を苦しめている。永遠に終わらない悲劇の物語が……)
「そういえばエデン王には<革命の王>と<雷帝>という通り名があったな。<雷帝>というのは向こうの世界での名じゃと聞いたが……」
「そうですね。なんでも雷神を崇める民の祈りが幾千年をかけて力を得た……という経緯があるようです」
「神を崇める民と、そこを統治する王に神官……」
(……神官? 神官は王の側近なのじゃろうか? それともまったく別の存在か……?)
「のぅブラストよ。神官についてもう少し詳しく教えてくれんか?」
ガーラントの関心は民から神官へと移っていく。
「はい。わかる範囲でよろしければ」
「その神官の力とはどういうものかの?」
「彼らは王の側仕えであり、王に匹敵するほどの力を持っているらしいのです」
「ふむ。何故神官と呼ばれているかは知っておるか?」
「そこまで伺ったことはありませんが、それぞれが神具のようなものを持っているという話は聞いたことがあります」
「……神具のようなものじゃと?」
(妙じゃな……。神官とされる人物までが王のような能力に長けているのか? ふむ、根本的にこちらの世界の常識は通じないか……)
よほど衝撃的だったのだろう。目を大きく見開いた後、眉間に皺を寄せながら黙ってしまったガーラントは仮説の領域から抜け出す決定打にまだ出会えていないようだ。
「あの、ガーラント殿……どうかされましたか? 急に別世界のことに興味を持たれるなど、何かございましたか?」
ガーラントの質問の意図を考えていたブラストは、彼がその世界の……そこからさらにいくつかの疑問について的を絞っているように思えたからだ。
「儂らの力の出処を研究しておるのじゃよ。
力を持たぬ者が圧倒的に多い国というのは、力を持つ者からの恩恵が絶対的に大きい場合が多いんじゃ」
ガーラントはブラストの質問に正直に答えることなく、しかし嘘は言わずに説明する。
「そういわれてみれば……ヴァンパイアなどは個々の能力が高く、彼の王が自国の民に与える恩恵などあまり聞きませんね」
「うむ。悠久の国は逆じゃな。キュリオ様の絶対的な御力があるからこそ、悠久の民は力を持たずとも不自由のない生活が送れるでな」
そうなると、弱き民を守る王が強大な力を持っているのは偶然なのだろうか?
そのような論点になってくればまた別の考えが出てくるかもしれないが、ガーラントが今知りたいのはそこではなかった。
「エデン王が見ておられる向こうの世界もまた……その王と神官の力によるところが大きいと予想できる。しかもその側近までもが高い能力を持っているのはどういうことじゃろうな……」
いくらガーラントが<大魔導師>といえど、キュリオに匹敵する力など持ち合わせているわけがない。
つまり、エデン王が目にしている向こうの世界の王は身に及ぶ危険が多いのか、それとも支える世界があまりに巨大なためか……
(もしくはひとりの力では支えきれぬほど世界が荒れておれば別じゃが……)
「さすが我らが誇る<大魔導師>殿は勤勉でおられますな! ……しかし、申し訳ない。これ以上のことはわかりかねます」
「謝らんでくれ。いまはもう十分じゃよ」
(アオイ姫様がもし、悠久の生まれではない場合……世界によっては神官以上の者である可能性が高いということか……)