【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を
やがて……眠気とは違う、意識が攫われるような浮遊感にアオイは大きく目を開いた。
――頬を撫でる冷たい風を受けながら、私は闇夜に浮かぶ銀色の月を見上げていた。昨夜よりも細く輝いているそれに時の流れを感じつつも、そこに立つ彼らは十数年後も変わらぬ姿のまま存在し続けているだろう。
『濡れた髪のまま外に出られては風邪をひいてしまいますよ』
聞きなれた優しい声。
まるで清らかな水の流れのように透き通った声色は、笑みを湛えて背後に佇むひとりの青年のものだった。
振り返った私の目の前で立ち止まった青年は、陶器のように艶やかな肢体に品の良い衣を纏っていたが、迷うことなく上衣を脱いで私の肩にかけてくれた。
『月なら私の部屋からも眺められます。
もし御所望でしたら、あの星の欠片でも御持ちしましょうか?』
女性のように美しい顔立ちの青年は、私の肩を優しく抱きながら手の甲へ口づけてくれる。美しい声を紡ぐその柔らかな唇が私の肌に触れると、冷えた体にじんわりとした心地良い熱を残して離れた。
『今夜は……とても静かな夜なので月を眺めていたんです』
青年の本音か冗談かもわからない言葉に薄く笑みを浮かべた私は、この夜が特別とばかりに目を閉じて安堵の吐息をもらすように言葉を紡いだ。
『……そうですね。どれぐらいぶりでしょう……。こうしてゆっくり言葉を交わす機会もしばらくありませんでしたね』
頷いた彼女の隣に立ち、ふたりは目を細めて懐かしむように頭上の月を見上げた。
夜空に浮かぶ銀色の輝きはいつもそこに在るはずなのに、彼女らの瞳にそれが映ることはほとんどない。それはどこかに閉じこもっているからというわけではなく、ふたりの視線は常に別のものへと向けられおり滅多に空を仰がないからだ。
『もう少し眺めていたいところですが……今夜は貴方を私の部屋へ御招きしたく、参上したのです』
向き直った青年は誠実な瞳で少女を見つめた。
ここに住まう者たちが彼女に秘かな想いを寄せていることを知っているからこそ、大胆な行動に出た彼だが……断られることももちろん覚悟している。
そんな彼の心を知ってかしらずか、この日の彼女はにこりと笑って頷いてくれた。
『喜んで。貴方が私を必要としてくださるのなら、いつでもお傍に』
疑いもなく、まだあどけない少女の面影を残す彼女のその反応は自分に対し、仲間以上の感情は持ち合わせていないことを表していた。
『――私はいつでも貴方を必要としています。その言葉が誠ならっ……――』
水の色を宿した瞳が月の光を受けて切なく揺れ動き、握りしめる手には力が籠る。
いまにも溢れだしそうな熱い想いは、色白の青年のしなやかな喉元に留まって胸を強く締め付けた。
『……っ』
『…………』
想いを懸命に押し殺す青年の言いたいことは痛いほど伝わってくる。
言葉を聞かずとも、私には彼の心を知る術があったからだ――。
――頬を撫でる冷たい風を受けながら、私は闇夜に浮かぶ銀色の月を見上げていた。昨夜よりも細く輝いているそれに時の流れを感じつつも、そこに立つ彼らは十数年後も変わらぬ姿のまま存在し続けているだろう。
『濡れた髪のまま外に出られては風邪をひいてしまいますよ』
聞きなれた優しい声。
まるで清らかな水の流れのように透き通った声色は、笑みを湛えて背後に佇むひとりの青年のものだった。
振り返った私の目の前で立ち止まった青年は、陶器のように艶やかな肢体に品の良い衣を纏っていたが、迷うことなく上衣を脱いで私の肩にかけてくれた。
『月なら私の部屋からも眺められます。
もし御所望でしたら、あの星の欠片でも御持ちしましょうか?』
女性のように美しい顔立ちの青年は、私の肩を優しく抱きながら手の甲へ口づけてくれる。美しい声を紡ぐその柔らかな唇が私の肌に触れると、冷えた体にじんわりとした心地良い熱を残して離れた。
『今夜は……とても静かな夜なので月を眺めていたんです』
青年の本音か冗談かもわからない言葉に薄く笑みを浮かべた私は、この夜が特別とばかりに目を閉じて安堵の吐息をもらすように言葉を紡いだ。
『……そうですね。どれぐらいぶりでしょう……。こうしてゆっくり言葉を交わす機会もしばらくありませんでしたね』
頷いた彼女の隣に立ち、ふたりは目を細めて懐かしむように頭上の月を見上げた。
夜空に浮かぶ銀色の輝きはいつもそこに在るはずなのに、彼女らの瞳にそれが映ることはほとんどない。それはどこかに閉じこもっているからというわけではなく、ふたりの視線は常に別のものへと向けられおり滅多に空を仰がないからだ。
『もう少し眺めていたいところですが……今夜は貴方を私の部屋へ御招きしたく、参上したのです』
向き直った青年は誠実な瞳で少女を見つめた。
ここに住まう者たちが彼女に秘かな想いを寄せていることを知っているからこそ、大胆な行動に出た彼だが……断られることももちろん覚悟している。
そんな彼の心を知ってかしらずか、この日の彼女はにこりと笑って頷いてくれた。
『喜んで。貴方が私を必要としてくださるのなら、いつでもお傍に』
疑いもなく、まだあどけない少女の面影を残す彼女のその反応は自分に対し、仲間以上の感情は持ち合わせていないことを表していた。
『――私はいつでも貴方を必要としています。その言葉が誠ならっ……――』
水の色を宿した瞳が月の光を受けて切なく揺れ動き、握りしめる手には力が籠る。
いまにも溢れだしそうな熱い想いは、色白の青年のしなやかな喉元に留まって胸を強く締め付けた。
『……っ』
『…………』
想いを懸命に押し殺す青年の言いたいことは痛いほど伝わってくる。
言葉を聞かずとも、私には彼の心を知る術があったからだ――。