【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を

すべてを知る人物

「…………」

 艶やかな長い水色の髪が光を纏ったように淡く光り輝いている。
 憂いを秘めた瞳で水鏡の前に立っているのは女性とも見紛う美しい青年だった。

(……また何も映らなくなってしまった……)

 ため息交じりに顔を俯かせると、長い髪がサラリとながれて水に触れたそれは小さな波紋を作る。

「気掛かりの種は見つかったか?」

 音もなく背後に立った九条に仙水は頭を振って答えた。

「太古の大樹のようなものと人の声が聞こえた気がしたのですが……この通りです」

 そこにあるのは浮かない表情の自分の姿のみで、わずかな苛立ちを募らせた彼はうっとおしげに水に浸かった髪をかきあげる。

「この世界ではないな……」

 荒廃したこの世界にはかつての面影を残す大自然はもう存在しない。
 存在しているのは仙水の結界が施されたいくつかの居住区と、大和が"想い出の場"と称する清流の結界が施されている村、……他にはわずかな緑地しか存在しない。

「……そうですね」

 <初代>王の魔力によって生成されたこの水鏡は、仙水を含むこの城に住まう四人の望むものを映し出すはずだが、気まぐれな水鏡は時として意志を持った生き物のように映像を映し出すときがある。

「<初代>王はこの水鏡でなにを覗いていらっしゃったのでしょう……」

 仙水は遠い過去に想いを馳せるように呟いた。九条が話すとは思えないが、そうすることによってなすべきことが自ずと見えてくるような気がしたからだ。

「<初代>王には必要のないものだった」

「……? では、なんのために作られたんです?」

 いまだにその魔力を留めておけるほどの力を持った王が存在していたことも驚きだが、<初代>王が必要のないものを作る意味がわからなかった。

「妥当な言葉にあたるのは"千里眼"か……<初代>王は千里眼を持っていた。
それだけではない。どこに居ても万人の声が聞こえるほどの力を持った御方だった」

「……っ!」

 仙水はその途轍(とてつ)もない力に言葉を失う。それほどの力を持ったかつての王に比べ、自分の非力さに絶望しているのかもしれない。

「……この世界の王はいつか不要になる。他の五大国とは違う運命を辿ることを<初代>王は知っていたからな」

「つまり……この水鏡は力が衰えているであろう後の王のために作られたということだ」

「そんな……このような状態で王が不在になったら、それが何を意味するかっ……」

 ハッとした仙水は嫌な予感を胸に九条を見やる。おそらく自分が抱く疑念と彼の答えは同じであろうと思いながら。

「……この世界の王の能力……いずれお前には話さねばなるまい」

「癒しの力と結界ではないのですか……?」

「それは無論だ。力の方向性が決まった事の発端はこうだ。
神々に見放され、破滅の一途を辿っていたこの世界を哀れに思った<初代>王が自ら降臨し、巨大な結界と癒しの力によって支えられた。それが永遠(とわ)に存続するかどうかは、この世界の民に託されていた。
……よって、役目を終えた王は存在を消すことが当初の課題だった」

「……だが、民に託すことももはや叶わぬ。<雷帝>の力がこの世界に影響を及ぼすなど……<初代>王の範疇にはなかったからだ」

「王が欠けることは許されなくなったということですか……」

「そういうことだ」

「…………」

(切り離された世界が繋がるなど有り得ないことだったのだろうな……いや、問題はその前だ……)

「……待ってください。<初代>王はなぜこの世界が神々に見放されたとわかったのです? 御自ら降臨されたとは……どこから?
……なぜ九条はその話を知っているのです?」

「…………」

「……あなたはどれほどの時を生きて……」

「決断しなくてはならないときが来たらすべて話そう。しかし……それは<初代>王が望まぬ結末だ。……嫌な予感がする。再び戦火に巻かれようともお前は生き残らなくてはならないことを覚えておけ」

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