【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を
「もういいのかい?」
 
 朝日に照らされ清々しい空気に包まれた城のテラスでは、銀髪の見目二十代前半の美しい青年が己の膝にまだ二歳ほどの愛らしい幼子を座らせながら、小さめにカットされたフルーツをフォークに刺して口元へと運んでやっていた。
 自身の食事がおろそかになろうとも、この幼子に食事を与えることを一日とて欠かしたことのない彼はこの国で唯一無二の王であり、またこの幼子の血の繋がらない父親である。

「……うん、……」

 そして俯きがちの幼子の名はアオイ。
 見るものすべてが輝いて、朝日とともに羽ばたく小鳥のように元気いっぱいに育った彼女がこうして何不自由なく過ごせているのは、この銀髪の王の力に他ならない。
 親のいない彼女は一度は命の危機にあったところをキュリオや他の王に助けられた過去を持ち、現在では父親となったキュリオより溺れるほどの愛を受けながら健やかな毎日を過ごしていた。

 どことなく声に力のないアオイを心配し、後ろから彼女の顔を覗き込もうと前かがみになるキュリオだがいつものようにスムーズに視線が絡まず首を傾げる。

「アオイ?」

 フォークを置いたキュリオはアオイを抱きなおし向かい合わせると再び顔を覗き込む。
 心配したキュリオの真っ白な手の平がアオイの小さな額にそっと触れるも、いつも感じるそのあたたかさに違いは見られない。

(具合が悪いわけではなさそうだな)

「気分が乗らないのであれば部屋へ戻ろうか」

「……」

 キュリオらの後方ではアオイが食事を終えるのを今か今かと待ちわびている少年がふたり。
 アオイの教育係兼、遊び相手のアレスとカイである。
 そして見慣れた姿がもうひとり。

「……キュリオ様、そろそろお時間でございます」

 近頃のキュリオは都心部の式典に出向くことが増え、朝食も終わりに差し掛かるとこうして大臣が迎えに現れるのである。

「少し待ってくれ」

 肩越しに従者を見やったキュリオがそう言うと、申し訳なさそうに頭を下げた彼は一歩下がる。

「アオイ、私はそろそろ出掛けなくてはならない。なるべく早く戻るつもりだが、私に伝えたいことがあるときはアレスに伝言を頼むんだ。わかるね?」

「……あい」

 消え入りそうな声のまま、最後までその視線が合わせられることなく別れの時間は近づいてくる。

「…………」

(こんなアオイを見るのは初めてだな……)

「キュリオ様、姫様はわたくしたちにお任せください」

 穏やかな表情でアオイを受け取ろうと手を伸ばしてきた女官。
 だが、キュリオはアオイを手放すことなく彼女を抱きしめたまま立ち上がった。

「あの……、キュリオ様……?」

 公務へアオイを連れて行くことは決してしないキュリオの行動に女官や侍女らはおろおろしている。
 そうなってしまったのも、アオイはキュリオに好意を寄せる女神一族に命を狙われた悲しい経験があるためである。
 キュリオは目を離した隙に愛娘が危険に晒されることを懸念しており、……ではどうするつもりだろうか? と皆の視線がそう訴えている。

「城を出るまではこのままでいい」

「あ……」

 ハッとした女官らがキュリオの後をついていく。
 いつもとは違う行動にアオイの瞳はようやくキュリオへと向けられ、ふたりの視線が重なると少し安心したようなキュリオはアオイに優しく微笑んだ。

「ようやく私を見てくれたね。もっとお前のぬくもりを感じていたいところだが……あまり時間がない」

 優しく頬を撫でる指先が名残惜しくもアオイから離れていく。
 そして離れがたいのは互いに同じようで、キュリオの首元に腕を回したアオイがキュリオにすり寄ってきた。

「おとうちゃま……」

「アオイ」

 あまりにも小さく柔らかな感触にキュリオはもどかしさを募らせる。
 強く抱きしめてしまえばあっという間に壊れてしまう……比類なき愛しい存在。
 
(……アオイをこのようにさせてしまっているのは私自身だな……)

 キュリオはアオイの髪を撫で、耳元で「またあとで」と安心させるように囁くと、アオイを女官へ託し待機させていた馬車へ乗り込んだ。

「いってらっしゃいませ! キュリオ様」

 王や大魔導師を乗せた馬車の周囲を数多の従者が馬で囲み、その後列に大臣らが乗り込んだ。
 アオイたちは馬車が見えなくなるまでその場に留まり、やがて城内へと足を向けようとする女官が胸元にしがみつく幼い姫君の異変に気づく。

「……っ! ……姫様、……」

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