【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を
日が傾き始めたころ、祭典を翌日に控えた街はたくさんの光と人々の笑顔であふれかえっていた。
館の最上階から街並みを眺める銀髪の王は、遠くに民の声を聞きながら滞りなく流れる水源や泉のある方向へ視線を向けている。
「キュリオ様、今宵は歓迎の宴が催されるようですが如何なさいましょう」
「不要だと言ったところで既に準備は整っているのだろう。民の行為を無碍にすることもできまい」
自分に会うことを心待ちにしている民が大勢いることを百も承知なキュリオは、自分の感情など二の次にしなくてはならないこともわかっている。
「そうですな。民からすれば宴にキュリオ様御出席されないとあらば気分を害されたと思い込んでしまうでしょうからな」
(河川の調査は宴のあとだな。アオイが起きている間に城へ戻れるだろうか……)
宴が開かれるすこし前、キュリオは従者を伴わずひとり敷地内を歩いていた。
用意された部屋はとても広く一流の調度品で室内は彩られていたが、部屋に籠っていては息が詰まる。さらにそこに自分がいるだけで興味を示した人の群れが近くで様子を窺っている気配がして落ち着かないというのが本音だった。
やがて人目をかいくぐってやってきた裏庭のような場所では枯れ葉が焼ける匂いがあたりの空気を燻るらせていた。
「ダメダメ! こんな火種じゃ駄目だって言ってるでしょ! マイラッ! キュリオ様にいいところを御見せして王宮に召し上げて頂かなくちゃ!!」
「……で、でも……お母さま、私たちが王様に謁見できるとは到底……」
「これであなたの実力が示せなければいつまでも下民の域を出ないのよわたくしたちはっっ!!」
「は、はいっ……」
この風土のやや強い日差しの民らしく、健康的に日焼けした肌に露出多めの深紅の煌びやかなドレスを身にまとったふたりは会話の内容と装いからしてある程度裕福な家庭の親子なのだろう。
鼻息荒く娘を怒鳴り散らす母親は苛立ったように枯れ葉を踏み潰している。
「……」
近くの木に身を隠し、しばらく様子を見ていたキュリオの視線が不意に険しくなった。
「きゃあああっ!!」
叱咤する母親の声に悔しさが滲んだ娘が前方に両手を突き出すと、感情に影響を受けた力が暴走し枯れ葉を巻き込んで火柱を上げた。
瞬く間に燃え広がった炎は力を制御出来ぬらしい娘にはどうすることもできない。
輝きを纏ったキュリオが片手を上げようとした次の瞬間――
「水よッ!!」
落ち着いた少女の声がさらに向こう側から聞こえ、意思をもった小さな水の波が火柱を飲み込んでいく。
蒸気を上げて鎮火した炎だったが、水の魔法を発した少女の顔にもかなりの疲労が見える。
「大丈夫!?」
さらに別の声がその場にへたり込んだ親子のもとへ駆け寄ると、気の弱そうな少女が賢明にふたりの傷を治しているのが見えた。
「おばさん……こんな場所で魔法の練習をさせるなんて危険過ぎます! せめて河原で……っ」
「こんな恥ずかしい姿ひとに見られたらどうするの!! 助けてくれて有難いけど、うちのことにまで口は挟まないでちょうだい!」
裾が焦げたドレスを忌々しそうに引き摺りながら立ち去っていく中年の女。
その後ろでは愕然とした少女が、あとからやってきたふたりに支えられるようにしてようやく立ち上がる。
「ごめんね、みっともないところ見せちゃって……」
「ううん……マイラは頑張ってるよ。おばさんの期待に応えようってこんな怪我までして……それに、私の力がもっと強ければ治せるのに……」
火傷を負った肌はいまにも血が滲んでしまいそうなほどに赤く腫れ上がり、応急手当には程遠い有様だった。
「じゅ、十分だよ! シンシアのお陰で感染症は防げるし、御化粧すれば目立たなくなるもん! ありがとっ!」
「う、うん……」
シンシアと呼ばれた少女は深まった山吹色の長いおさげを恥ずかしそうにいじりながら嬉しそうに口角を上げた。
「マイラは両手真っ赤だし、店は休んだほうがいいね」
肩まで流したオリーブ色の髪の少女は片膝をつきながら心配そうに眉根を寄せ、くせ毛らしいマイラの髪についた煤を指先で払ってやる。
「……やだ。行きたい」
俯いたまま小さく呟いたマイラを悲しそうな顔でなだめるように肩へと優しく触れる。
「無理だよその怪我じゃ……」
「家に居てもお母さまがいる限り私は休めないし、あそこが私の居場所だから」
「……でも……」
「マリ―、行かせてあげよう?」
言い淀む少女に眉を下げながら理解を得ようと一歩進み出たシンシア。
「……わかった。おばさんたちに見つかったら嫌味言われるに決まってるからね。こっそり行くよ!」
マリ―の言うことに大きく頷いたふたりの顔には笑みが戻り、手負いのマイラを真ん中にして支え合いながら館の外へ向かって彼女らは歩き出した。
館の最上階から街並みを眺める銀髪の王は、遠くに民の声を聞きながら滞りなく流れる水源や泉のある方向へ視線を向けている。
「キュリオ様、今宵は歓迎の宴が催されるようですが如何なさいましょう」
「不要だと言ったところで既に準備は整っているのだろう。民の行為を無碍にすることもできまい」
自分に会うことを心待ちにしている民が大勢いることを百も承知なキュリオは、自分の感情など二の次にしなくてはならないこともわかっている。
「そうですな。民からすれば宴にキュリオ様御出席されないとあらば気分を害されたと思い込んでしまうでしょうからな」
(河川の調査は宴のあとだな。アオイが起きている間に城へ戻れるだろうか……)
宴が開かれるすこし前、キュリオは従者を伴わずひとり敷地内を歩いていた。
用意された部屋はとても広く一流の調度品で室内は彩られていたが、部屋に籠っていては息が詰まる。さらにそこに自分がいるだけで興味を示した人の群れが近くで様子を窺っている気配がして落ち着かないというのが本音だった。
やがて人目をかいくぐってやってきた裏庭のような場所では枯れ葉が焼ける匂いがあたりの空気を燻るらせていた。
「ダメダメ! こんな火種じゃ駄目だって言ってるでしょ! マイラッ! キュリオ様にいいところを御見せして王宮に召し上げて頂かなくちゃ!!」
「……で、でも……お母さま、私たちが王様に謁見できるとは到底……」
「これであなたの実力が示せなければいつまでも下民の域を出ないのよわたくしたちはっっ!!」
「は、はいっ……」
この風土のやや強い日差しの民らしく、健康的に日焼けした肌に露出多めの深紅の煌びやかなドレスを身にまとったふたりは会話の内容と装いからしてある程度裕福な家庭の親子なのだろう。
鼻息荒く娘を怒鳴り散らす母親は苛立ったように枯れ葉を踏み潰している。
「……」
近くの木に身を隠し、しばらく様子を見ていたキュリオの視線が不意に険しくなった。
「きゃあああっ!!」
叱咤する母親の声に悔しさが滲んだ娘が前方に両手を突き出すと、感情に影響を受けた力が暴走し枯れ葉を巻き込んで火柱を上げた。
瞬く間に燃え広がった炎は力を制御出来ぬらしい娘にはどうすることもできない。
輝きを纏ったキュリオが片手を上げようとした次の瞬間――
「水よッ!!」
落ち着いた少女の声がさらに向こう側から聞こえ、意思をもった小さな水の波が火柱を飲み込んでいく。
蒸気を上げて鎮火した炎だったが、水の魔法を発した少女の顔にもかなりの疲労が見える。
「大丈夫!?」
さらに別の声がその場にへたり込んだ親子のもとへ駆け寄ると、気の弱そうな少女が賢明にふたりの傷を治しているのが見えた。
「おばさん……こんな場所で魔法の練習をさせるなんて危険過ぎます! せめて河原で……っ」
「こんな恥ずかしい姿ひとに見られたらどうするの!! 助けてくれて有難いけど、うちのことにまで口は挟まないでちょうだい!」
裾が焦げたドレスを忌々しそうに引き摺りながら立ち去っていく中年の女。
その後ろでは愕然とした少女が、あとからやってきたふたりに支えられるようにしてようやく立ち上がる。
「ごめんね、みっともないところ見せちゃって……」
「ううん……マイラは頑張ってるよ。おばさんの期待に応えようってこんな怪我までして……それに、私の力がもっと強ければ治せるのに……」
火傷を負った肌はいまにも血が滲んでしまいそうなほどに赤く腫れ上がり、応急手当には程遠い有様だった。
「じゅ、十分だよ! シンシアのお陰で感染症は防げるし、御化粧すれば目立たなくなるもん! ありがとっ!」
「う、うん……」
シンシアと呼ばれた少女は深まった山吹色の長いおさげを恥ずかしそうにいじりながら嬉しそうに口角を上げた。
「マイラは両手真っ赤だし、店は休んだほうがいいね」
肩まで流したオリーブ色の髪の少女は片膝をつきながら心配そうに眉根を寄せ、くせ毛らしいマイラの髪についた煤を指先で払ってやる。
「……やだ。行きたい」
俯いたまま小さく呟いたマイラを悲しそうな顔でなだめるように肩へと優しく触れる。
「無理だよその怪我じゃ……」
「家に居てもお母さまがいる限り私は休めないし、あそこが私の居場所だから」
「……でも……」
「マリ―、行かせてあげよう?」
言い淀む少女に眉を下げながら理解を得ようと一歩進み出たシンシア。
「……わかった。おばさんたちに見つかったら嫌味言われるに決まってるからね。こっそり行くよ!」
マリ―の言うことに大きく頷いたふたりの顔には笑みが戻り、手負いのマイラを真ん中にして支え合いながら館の外へ向かって彼女らは歩き出した。