【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を
 館から姿を見せたキュリオが下がると熱気冷めやらぬ民たちのほとんどはその場に留まっていたが、仕事の合間に出てきた者や王が姿を現すかもしれない夜に備えて退散する者たちも見受けられた。
 
 大きく開かれたステンドグラス調の扉が閉まると、上品な上着を手にしたガーラントはキュリオの背後へとまわり肩にかけた。

「キュリオ様御疲れ様でございました。民も喜んでおりましょう」

 ズラリと並んだ大臣や従者のさらに後ろでは、この街の富豪らが軒並み連なり深く頭を下げるなかをキュリオは脇目もふらず颯爽と歩く。

「ああ」

 大魔導師の言葉にただ短くそう言ったキュリオは銀の長い髪をサラリと肩越しに流しながら、さらに後ろをついてきた従者のひとりより発せられる今後の予定に耳を傾けていた。……が、その美しい横顔は次の言葉で俄かに陰った。

「夕刻の時間に晩餐会を控えておりますが、その前に名だたる名家らがキュリオ様の謁見を申し出ており……」

 さらに先ほどの列に見慣れぬ者がいたことを鋭く見定めていたキュリオは、今後それらの民を自分の傍に参列させることを許可しないと強い口調で咎めながら付け加えた。

「民に優劣をつけるな。
名家とやらの願いを聞き届けるのならば他の者たちの望みも叶えてやるのが王としての役目だ」

「はっ!! ……も、申し訳ございません!」

 床につくほど深く頭を垂れた若い従者は、王の御心の背く行いをした自分を強く恥じながら震えるその背をガーラントに慰められる。

「そなたとてキュリオ様に仕える者のひとりじゃ。
立場ある民に圧倒されて怯むことはない。臆せず断ればいいのじゃよ」

「ガーラント様……申し訳ございません。キュリオ様の御心に反することを私はっ……」
 
「最初は皆そうじゃ。カイを見てみい、あやつは常にキュリオ様の悩みの種じゃったが少しずつ成長しておる。そうやって身についていくものじゃよ」

 ふぉっふぉっふぉと柔らかな笑い声を残したガーラントは小さくなるキュリオの後を急ぎ追いかけた。
 若き従者は大魔導師の言葉に心救われながらも、そのやり玉に挙げられたカイを想像し小さく苦笑した。

「へーくしょんっっ!!」

 盛大なくしゃみを奏でた小さな剣士にアレスが眉根を寄せた。

「風邪か? アオイ様にうつすなよ」
 
「違うって! くっそー! 誰だ!? 俺の噂してやがるのは!!」

 こういうことにだけ敏感なカイは噂をされると高確率でくしゃみをすることがあった――。
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