【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を
音もなく姿を現したのは、彼自身が月の化身かのように淡い光に包まれた眉目秀麗な青年だった。
整った鼻筋に強い意志を宿した瞳、陶器のように真っ白な肌は透けるように美しく、灯に照らされた銀の髪は黄金色の輝きに放っていた。
興奮のあまり周囲を取り囲もうとする大衆をキュリオの従者らが懸命に抑えるも、その勢いは雪崩のようにキュリオへと迫った。
「……」
視界の端に巨大な人の塊を捉えたキュリオの瞳がわずかに細められたかと思うと――
蜃気楼のように消えてしまったキュリオらの姿を誰もが探し狼狽えた。
「……っ! キュリオ様!?」
まさか今見ていた王の姿が幻だったのではないかと皆が目を疑っているころ、後方にいたエリザが小さく呟いた。
「……あれが、キュリオ様の力……」
(……まったく見えなかった。風の動きを読めれば……なんとか追いかけられると思ったけど、まるで空間を切り取ったかのように痕跡さえ残されていない……)
エリザの背を冷たい汗が流れる。他の誰よりも魔導師としての素質があると自負していたエリザは、これほどまで力の差のある王の前で魔法を披露するなど最初から場違いだったのだと、わずか数秒で悟ってしまったのだ。
「エリザ!」
震える拳を握りしめたエリザを聞きなれた声が呼んだ。
「……マイ、ラ……?」
幼馴染のマイラの嬉しそうな顔が近づくと、はっと我に返ったエリザはいつものような冷静さを手繰り寄せて深い呼吸を繰り返す。
「……何か御用?」
「うん! ……会えて嬉しい。シンシアもマリ―も来てるよ。皆エリザがお店に来なくなって寂しがってる。もちろん私も」
エリザの強い視線を受けたマイラは一瞬悲しそうに足元を見つめるも、すぐにいつものような笑顔を取り戻してから視線を戻して笑いかけてくる。
「おーい、マイラ! エリザも!!」
ふたりが顔を合わせているのをマリ―とシンシアが見つけ駆けてくる。
「……もしかして、あなたたちもキュリオ様に魔法を……?」
「そう。あ……王様の名前、キュリオ様っていうんだね」
「当たり前でしょ。知らないほうがどうかしているわ……」
呆れたようにため息をつくエリザだったが、彼女の強い口調からは嫌味がまったく感じられないのはやはり親友だからだろう。
毒のある言葉にも愛が感じられるいつものエリザに安堵感を覚えたマイラだが、王の名さえ知らなかった彼女は殊更恥ずかしそうに頭をかいている。
「王様どこ行っちゃったんだろうな……もうお城帰ったとか?」
遠くを探すような仕草で比較的高身長のマリ―があたりを見渡すと……
「うげっ! もうあんなとこにいるっ!!」
彼女が指さした方向、そこにはすでに用意された玉座へ腰をおろしているキュリオの姿があった。
「これじゃあほとんど見えないな……」
あまりに遠くにいるキュリオの姿はまるで夜空に浮かぶ星ほど小さく見えた。それでも彼を見分けられるのはやはり比類なき美貌と神々しい光を纏っているためだろう。
「もう少し前に……行けそうもないね」
彼女らが人の群れを行けば忽ち身動きがとれなくなり埋もれてしまうであろうことは明らかだった。
シンシアが気落ちしたように前へ行くことを諦めると、マリ―はパッと右手を開いてニンマリと笑う。
「?」
そこにいたマイラたちが首を傾げると……
「見て驚きな! おりゃぁあっ!!」
ポタポタと彼女の指の間へ集まったわずかな水滴たちは忽ち小さな渦を作り、やがて四つの水の珠が姿を現した。
「凄いっ! マリ―こんなこと出来るの!?」
マイラとシンシアはきゃあきゃあと手を叩いて喜んでいるが、それが何なのかよくわかっていない。
「ほいっ! これはエリザのねっ」
「あ、ありがと……。で、これでどうするの?」
まさか喉を潤すためではないだろうと、ゼリーに似た冷たく柔らかな感触の物体を月の光に翳しているとマイラがあっと声をあげた。
「これ遠くまでよく見えるよ!!」
「……レンズの役割をしてるのね。なかなかやるじゃないマリ―」
エリザが少し感心したようにマリ―に向き合うと、言われた彼女はエヘンと腰に手をあてて胸を張った。
「皆上達したのね。偉いわ」
成長している幼馴染たちを内心誇らしく思ったエリザの顔が柔和な笑みを浮かべる。
「シンシアも凄いんだよっ! もう擦り傷くらいなら痕も残らないくらいに治せるんだからっ!」
「……シンシアはもう少しね」
マイラが引っ込み思案なシンシアを褒めると、苦笑したエリザだったがその瞳はどこまでも優しかった。
「さぁ見なきゃ損だよ! 王様が見れるなんて一生に一度あるかないかなんだろっ!」
キュリオが小高い場所に座しているお陰で集まった民は小さいながらもその姿を拝むことが可能だったのが救いだ。
そして有能な術者ほどその力の差を測る能力に長けているため、エリザ以外の者はキュリオの桁違いの能力に気づくことさえできないのだ。
「…………」
マリ―の力によって生み出された水の珠を見つめたままキュリオの顔を覗けずにいた彼女へシンシアが戸惑ったように声をかけた。
「……エリザ大丈夫? 顔色悪いよ?」
「……だ、大丈夫よ……。人の多さにすこし眩暈がしただけだからっ……」
こんなに弱ったエリザを始めて目にしたシンシアはただ事じゃないと座れる場所はないかとあたりを見回す。
「マリ―、マイラ……私たち向こうでちょっと休んでくるね」
「え? どったの?」
「ちょっと疲れちゃって」
シンシアはエリザを庇うように後ろへ隠すと、そそくさと暗がりへ消えていく。
「シンシア、大丈夫かな……」
心配そうなマイラを他所に楽観的なマリ―は「あとで様子見に行こう」と、すぐに視線を戻し握りしめた水の珠でキュリオの御尊顔を拝み始めた。
「うっひょ~! いい男だこりゃっ!!」
「うん……」
ふたりが消えた方向を見つめるマイラはどうすることもできず立ち尽くしていた――。
整った鼻筋に強い意志を宿した瞳、陶器のように真っ白な肌は透けるように美しく、灯に照らされた銀の髪は黄金色の輝きに放っていた。
興奮のあまり周囲を取り囲もうとする大衆をキュリオの従者らが懸命に抑えるも、その勢いは雪崩のようにキュリオへと迫った。
「……」
視界の端に巨大な人の塊を捉えたキュリオの瞳がわずかに細められたかと思うと――
蜃気楼のように消えてしまったキュリオらの姿を誰もが探し狼狽えた。
「……っ! キュリオ様!?」
まさか今見ていた王の姿が幻だったのではないかと皆が目を疑っているころ、後方にいたエリザが小さく呟いた。
「……あれが、キュリオ様の力……」
(……まったく見えなかった。風の動きを読めれば……なんとか追いかけられると思ったけど、まるで空間を切り取ったかのように痕跡さえ残されていない……)
エリザの背を冷たい汗が流れる。他の誰よりも魔導師としての素質があると自負していたエリザは、これほどまで力の差のある王の前で魔法を披露するなど最初から場違いだったのだと、わずか数秒で悟ってしまったのだ。
「エリザ!」
震える拳を握りしめたエリザを聞きなれた声が呼んだ。
「……マイ、ラ……?」
幼馴染のマイラの嬉しそうな顔が近づくと、はっと我に返ったエリザはいつものような冷静さを手繰り寄せて深い呼吸を繰り返す。
「……何か御用?」
「うん! ……会えて嬉しい。シンシアもマリ―も来てるよ。皆エリザがお店に来なくなって寂しがってる。もちろん私も」
エリザの強い視線を受けたマイラは一瞬悲しそうに足元を見つめるも、すぐにいつものような笑顔を取り戻してから視線を戻して笑いかけてくる。
「おーい、マイラ! エリザも!!」
ふたりが顔を合わせているのをマリ―とシンシアが見つけ駆けてくる。
「……もしかして、あなたたちもキュリオ様に魔法を……?」
「そう。あ……王様の名前、キュリオ様っていうんだね」
「当たり前でしょ。知らないほうがどうかしているわ……」
呆れたようにため息をつくエリザだったが、彼女の強い口調からは嫌味がまったく感じられないのはやはり親友だからだろう。
毒のある言葉にも愛が感じられるいつものエリザに安堵感を覚えたマイラだが、王の名さえ知らなかった彼女は殊更恥ずかしそうに頭をかいている。
「王様どこ行っちゃったんだろうな……もうお城帰ったとか?」
遠くを探すような仕草で比較的高身長のマリ―があたりを見渡すと……
「うげっ! もうあんなとこにいるっ!!」
彼女が指さした方向、そこにはすでに用意された玉座へ腰をおろしているキュリオの姿があった。
「これじゃあほとんど見えないな……」
あまりに遠くにいるキュリオの姿はまるで夜空に浮かぶ星ほど小さく見えた。それでも彼を見分けられるのはやはり比類なき美貌と神々しい光を纏っているためだろう。
「もう少し前に……行けそうもないね」
彼女らが人の群れを行けば忽ち身動きがとれなくなり埋もれてしまうであろうことは明らかだった。
シンシアが気落ちしたように前へ行くことを諦めると、マリ―はパッと右手を開いてニンマリと笑う。
「?」
そこにいたマイラたちが首を傾げると……
「見て驚きな! おりゃぁあっ!!」
ポタポタと彼女の指の間へ集まったわずかな水滴たちは忽ち小さな渦を作り、やがて四つの水の珠が姿を現した。
「凄いっ! マリ―こんなこと出来るの!?」
マイラとシンシアはきゃあきゃあと手を叩いて喜んでいるが、それが何なのかよくわかっていない。
「ほいっ! これはエリザのねっ」
「あ、ありがと……。で、これでどうするの?」
まさか喉を潤すためではないだろうと、ゼリーに似た冷たく柔らかな感触の物体を月の光に翳しているとマイラがあっと声をあげた。
「これ遠くまでよく見えるよ!!」
「……レンズの役割をしてるのね。なかなかやるじゃないマリ―」
エリザが少し感心したようにマリ―に向き合うと、言われた彼女はエヘンと腰に手をあてて胸を張った。
「皆上達したのね。偉いわ」
成長している幼馴染たちを内心誇らしく思ったエリザの顔が柔和な笑みを浮かべる。
「シンシアも凄いんだよっ! もう擦り傷くらいなら痕も残らないくらいに治せるんだからっ!」
「……シンシアはもう少しね」
マイラが引っ込み思案なシンシアを褒めると、苦笑したエリザだったがその瞳はどこまでも優しかった。
「さぁ見なきゃ損だよ! 王様が見れるなんて一生に一度あるかないかなんだろっ!」
キュリオが小高い場所に座しているお陰で集まった民は小さいながらもその姿を拝むことが可能だったのが救いだ。
そして有能な術者ほどその力の差を測る能力に長けているため、エリザ以外の者はキュリオの桁違いの能力に気づくことさえできないのだ。
「…………」
マリ―の力によって生み出された水の珠を見つめたままキュリオの顔を覗けずにいた彼女へシンシアが戸惑ったように声をかけた。
「……エリザ大丈夫? 顔色悪いよ?」
「……だ、大丈夫よ……。人の多さにすこし眩暈がしただけだからっ……」
こんなに弱ったエリザを始めて目にしたシンシアはただ事じゃないと座れる場所はないかとあたりを見回す。
「マリ―、マイラ……私たち向こうでちょっと休んでくるね」
「え? どったの?」
「ちょっと疲れちゃって」
シンシアはエリザを庇うように後ろへ隠すと、そそくさと暗がりへ消えていく。
「シンシア、大丈夫かな……」
心配そうなマイラを他所に楽観的なマリ―は「あとで様子見に行こう」と、すぐに視線を戻し握りしめた水の珠でキュリオの御尊顔を拝み始めた。
「うっひょ~! いい男だこりゃっ!!」
「うん……」
ふたりが消えた方向を見つめるマイラはどうすることもできず立ち尽くしていた――。