【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を
 白い上品な銀縁の衣を纏い、深海を思わせる深い青色の裏地が風に揺れるたびに裾から覗く。
 宴が開始されると名だたる名家たちの歓迎の言葉が続き、王が盃を高く掲げるとそれを合図に楽隊たちの心地よい音色が風にのって遠くまで響いてきた。

「大丈夫? 落ち着いた?」

 侍女を下がらせたエリザはシンシアから受け取った水入りのグラスに口を付けてから頷いた。
 先ほどよりも幾分か顔色の戻ったエリザだったが、いつのもような自信にあふれた彼女ではないことにシンシアは気づいている。

「ありがとう……」

 いつもの彼女に戻るにはどうすればいいかシンシアにはわからなかったが、こうして傍にいることでエリザが安らげるならと言葉を続ける。

「ううん。もう少しここにいよう? 
あ、そうだ。マイラが焼いたアップルパイがあるんだ! 私たちも後で戻るし、エリザも寄っていかない?」

 治癒の力をもつシンシアの瞳は彼女の力のように優しくエリザの顔を覗き込む。
 彼女の笑顔に肩の力が抜けたように穏やかな笑みを零したエリザに安堵したシンシアだったが、その返事はもうすこし別のものだった。

「……あたくしは行けないわ。キュリオ様へのお披露目が終わったら家から迎えが来るの」

 マリ―の水の珠を握るエリザの手に力が籠る。あの気の強いエリザが歯向かえないほど彼女の家のルールは厳しいのだ。
 数か月前まで共に過ごし、友と歩む夢を描いた少女のビジョンは……彼女に期待する周りの声によって大きく塗り替えられてしまった。

「……そっか、……」

 痛いほどにわかる彼女への重圧に軽々しい言葉を掛けることができないシンシアはきゅっと唇を噛んで言葉を飲み込んだ。

「実はね、マイラもなんだ。
マイラのお母さんはこの機会に王宮に召し上げて貰おうって思ってるみたいで、無理矢理魔法の練習させられてたんだ」

 魔法の力を持つことでさえかなり希少であるが故に、その力を持った子が生まれれば期待という重圧が無遠慮にのしかかる。
 そう、本人の意思とは関係なく――。

「……こんな力、持たないほうがよかった……」

 独り言のように呟いたエリザのこの言葉こそ本音だろう。
 嫌がっていたエリザを黙らせるほどの重圧と夢の狭間で長らく苦しんでいた彼女だったが、魔法の力を生まれ持った人間として成すべきことがあると言い換えられてしまえば、その強い意志をもった彼女とて言い返す言葉が見つからず重い首を縦に振るしかなかったのである。

「そんなことないよ! エリザ、違う。エリザの力に私たちは助けられた。悪いのは魔法じゃない。……誰が悪いとかはわからないけど……」

「シンシアはいつも優しいわね。
そう思ってくれるあなたがいるだけで、あたくしが力を持って生まれたことに意味があったと胸を張って言えるわ」

 エリザがシンシアの右手を両手で優しく包み込む。

「エリザ、私ね……誰かが必要としてくれる力ってすごいと思うの。
誰かの役に立てるって思っただけで勇気が湧いてくる。だから、それは家の為じゃなく……必要としてくれたその人の為だって思おう?」

 シンシアの左手がさらにエリザの手を包むようにのせられると、エリザは今までにない優しい笑みを浮かべてから静かに目を閉じると、やがて力強い彼女の眼差しが戻ってきた。

「……そうね。そういう考えを今までしたことがなかった。ありがとう、シンシア」

「シンシア、エリザ! そろそろ並ぶ時間だよー!」

 その声を遠くに聞いたふたりは、しっかりと握られた両手の中に確かな絆を感じながら立ち上がって大きく頷く。

「行きましょう」

「はいっ」
 
 この街随一の魔法力を誇る彼女の命運をかけた時はもうすぐそこに迫っていた――。

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