【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を
 用意された舞台を半周囲む群衆らの正面にはキュリオが座した玉座がある。
 一段高くなった舞台ではあまりの緊張に足が竦む者やキュリオの視線に気を取られて舞う者同士がぶつかるトラブルなどが続出するなか、見事な剣舞を披露する青年などがちらほらと見受けられる。

「あ、あれってエリザの従妹じゃない? かなり名の知れた歌姫だもんねー! おまけに美人!!」

「……」

 歌姫と謳われた従妹がいると聞いても彼女は反応を示さない。
 そんなエリザを他所にマリ―は舞台に上がった人物を片っ端から覗いているようだったが、エリザの視線はキュリオからまったく離れずにいた。
 時折傾けられるワイングラスから彼の口内へと流れいく鮮やかな雫が、白く美しい喉元を通り過ぎる一挙一動も逃さぬよう、エリザは得意の観察眼でキュリオの人間性を探ろうというのだ。

 彫刻のように整った顔に輝く宝石のような空色の瞳。上品な艶のある銀の髪は真っ白な肌に浮かぶ絹糸のようにサラリと流れて、あまりの美貌にため息が出そうになる。
 長時間に及ぶ宴にも関わらずまったく乱れない姿勢と表情は流石と言えるだろう。さらにその視線や眼差しはゆったりとして余裕がありながらも手を抜いている感じは見受けられず、武芸を披露した者たちは王の視線にとても満足している様子だった。
 
(キュリオ様はとても誠実な御方のようね。誰かを目で追うこともなく……あくまで平等だわ)

 これほどに隙のない男をエリザは見たことがない。
 この麗しい王を狙っていた数多の魅力的な美女も可憐な少女も、キュリオの興味を惹くことはまず無理だろうという結論がいとも簡単に導き出された。

(やはりキュリオ様に認めて頂くには魔法力の強さね……)

 そんなエリザが目を見張ったのは次の瞬間だった。
 ふいに何かに気づいた様子のキュリオ王は頭上に輝く月を見上げ、まるで恋人に微笑むかのように柔和な表情を浮かべたのだ。

「……っ!」

 一瞬のその表情に気づいた者がこの会場にいただろうか?
 不思議に思ったエリザが彼の眼差しを追ったところであるのは欠けた月だけだ。

(キュリオ様は一体なにを……)

「もうすぐあたしたちの番だよ! 準備はいい?」

 マリ―の声に気を引き締めたマイラとシンシアだったが、その隣で顔を赤らめているエリザがいる。

「……エリザ、本当に大丈夫? 顔赤いよ?」

「……えっ!? ええ、なんでもないわ」
 
 ぶんぶんと顔を左右に振ったエリザは雑念を振り払うように自分に言い聞かせた。

(精神の乱れは魔法に強く影響する……しっかりしなさいエリザッ!)

 魔法の力を持つものたちの番となると、舞台の隅に置かれていた松明が意図して別の場所へ移され王の従者たちがその傍へ控えた。

「あの松明、なんかに使うのかな」

 マイラの疑問はエリザの推測によって確かなものへと変わる。

「あの松明を魔法で狙うのね」

(水の使い手ならば松明を消し、風の魔法なら炎を大きくする。そして火の使い手は……)

「楽勝じゃん~! あんなのよっぽどのミスしなければ……」

「そうかしら……。誰でも出来るようなことをさせるはずがないわ」

 エリザの深い読みはすぐに当たった。
 誰よりも年老いた大魔導師が杖をつきながら前へ出る。
 そして、自身よりも長い杖を数回地を突くと……光にあふれた舞台が倍以上の大きさとなって地を覆ったのである。
 さらに彼は手に短い木を持っていた。舞台の脇に設置された篝火台へと近づいた大魔導師はそこから火を手元の木へと移すと、舞台の隅に転がった鉄製の籠へとそれを落とし込んだのである。

「……まさか……、あれが的? ……遠いし、すごく小さい……」

 誰もがゴクリと唾を飲み込む音が聞こえるほどの衝撃がその場に走った。
< 150 / 168 >

この作品をシェア

pagetop