【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を
「……マダラのやつ、なにがしてぇんだよ……クソッ」

(あの大鎌はやべぇ……死神が持つ神具だけあるってもんだぜ)

 「……こんな場所で死ねるか!」と、死の国を飛び出したヴァンパイアの王。
 フラフラと無音の異空間を漆黒の羽で舞う彼が目指したのは自身が治める吸血鬼の国ではなく、敵対国であるキュリオが統治する悠久の国だった。

 暗闇の中で月の光が漏れ出る悠久の国の門を鴉(クロウ)の姿で通り抜ける。
 眼下に広がる緑の大地や華やかな灯りに包まれた繁華街、居住地を過ぎてさらにしばらく突き進むと、淡い光を纏った巨大な城が蜃気楼のように遠目に見えてくる。

 アオイの姿を見かけてからというもの、頻繁に通うようになった悠久の城。
 敵の本拠地へ乗り込んでいくリスクはかなりのものだが、興味を惹かれる対象を見つけてしまったティーダにとって、リスク以上に惹かれる赤子がいるからこそここを訪れる。

「…………」
 
(……今夜はやけに騒がしいな……) 

 いつもならば人の声はおろか、灯りも抑えられているはずのこの時分。時折風に流れて届く陽気な笑い声は歌のように軽快でリズミカルだ。

(……祝いごとか?)

 城のまわりをぐるりと飛び回って赤子の存在を探るも、彼女の姿もキュリオも見当たらない。
 ふたりが出歩いていないことに気づいたティーダは城の最上階近くまで伸びる樹木の枝へ降り立った。人の姿に戻った彼はマダラから受けた首の傷を指先で撫でると、気が抜けたようにため息をついて崩れるように腰をおろした。

「血が止まらねぇ……」

 ひとたび腰を下ろしてしまえば立ち上がれないほどにティーダの体は疲弊していた。疲れなど感じたことのないその体は<冥王>の力を受けてひどくまいっているように見える。

「…………」

(……見つかっちまったら……キュリオに殺られるのが、……オチだってのに……なにやってんだ? 俺、は…………)

 太い幹へ背を預けた彼は半ば意識を失うように目を閉じた――。

 ――その目と鼻の先の一室では、ダルドと別れたキュリオがアオイとともに寝室へと戻ってきた。
 部屋を入って数歩のところにある銀の燭台へ火を灯し、眩しいほどに輝く月の光を遮ろうと窓辺へ近寄ると、腕の中の赤子がモゾモゾと動いた。視線を落とした先で愛くるしい瞬きを繰り返したアオイの瞳に眠気は微塵も感じられず、無理に寝かせてしまうのは彼女を退屈させてしまうかもしれないと考えたキュリオはこう提案する。

「目が覚めてしまったのなら湯浴みでもしようか?」
 
 ――と、笑いかけ、言葉を口に出した次の瞬間。

「…………」

 整った眉間には深い皺が刻まれ、ベッドへアオイを横たわらせたキュリオは赤子を隠すように天蓋ベッドのカーテンを下ろす。
 キュリオの纏う空気がザワザワと震え、振り返った窓の向こうを鋭く睨んだ彼は勢いよくバルコニーへと飛び出した。

「……貴様……それで隠れているつもりか?」

 声が届く距離の樹木の上で、一羽の鴉(クロウ)が仰向けで枝に引っかかっていた。

「…………」

 この腹ただしい気配がいつも減らず口を叩く格下の王であることをキュリオは知っていたが、その気配が微弱なため、隠れている気でいるのだろうという結論に至ったようだ。いつもならば何かしらのリアクションがあるはずなのだが、声どころか身動きひとつ見せない鴉(クロウ)の異変にようやく気づく。

――ポタ、ポタタ……

 鴉(クロウ)の首元から流れた黒い液体。それは下の葉へ落ちて、まるで精霊が木の葉を揺らすように上下運動の後、さらに下の葉へと移動していく。

「…………」

(……血の匂い……)

 盛大なため息をついたキュリオはバルコニーを軽く蹴ると、あっという間に鴉(クロウ)がぶら下がる樹木へと移った。
 そして仕留めた鳥のように両足首を掴むと、再びバルコニーへと舞い戻ってくる。

(ヴァンパイアがこの程度の傷を修復できないわけがない……)

 流れ出る血液の量から傷の程度を予測したキュリオだが、やはり違和感がある。

(……微弱な気配と怪我は無関係……とは言い切れないようだな)

 キュリオはバルコニーへと滴り落ちたヴァンパイアの血を冷たく見下ろす。

「……不本意ではあるが、穢れを広めるわけにもいかないな……」
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