【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を

"素敵な日"

「きゃははっ」

 ほんのりピンク色に染まった頬が愛らしいアオイは今夜も上機嫌だった。足の付かない湯殿だとしてもキュリオが支えてくれることを彼女は知っていたため、安心して彼に体を預けながら動かした両手が生む小さな水しぶきと戯れていた。

「…………」

(……アオイが私のもとへ来てからどれくらい経っただろう……)

 不安そうに瞳を揺らしていた赤子のアオイはもうおらず、安息の場と確かな愛情を見つけた彼女はここが自分の居場所だと確信を持てたに違いない。そうなることを他の誰よりもキュリオ自身が強く望んでいたため、こうしてふたりで居られることにこの上ない喜びを感じていた。

(子の成長は早い。一瞬でも目を離すのが惜しいというのは……どこの親も同じ気持ちなのだろうな……)

「さぁアオイ、肩までよく浸かって。湯あたりしないうちに上がろうか」

 キュリオの両腕に隠れてしまうほどの小さな体を背後から抱きしめると、湯に濡れた彼女の頬がキュリオのそれにぴったりと重なって。

「…………」

(……こうしてひとつになれたら……)

「……?」

(どんなによいか……)

「んぅ……」

 無言のキュリオに動きを止められたアオイが不服そうな声を上げると、苦笑したキュリオは彼女のこめかみに唇を押し当てた。

「ふふっ、そう不機嫌な声を出さないでおくれ。お前を愛してるんだ」

 こうして幸せなひと時を堪能したキュリオはゆっくり立ち上がり、たくさんの空気を含んだ柔らかなタオルでアオイを包むと自身もバスローブを羽織って室内へと戻る。
 ベッドへアオイを寝かせてから体を拭いてやると、前かがみになったキュリオの髪から滴り落ちた水滴が赤子の裸体を濡らす。

(……これではアオイの体が冷えてしまうな)

 すると、動きを止めたキュリオを不思議そうに見上げていたアオイの瞳が再び輝きだした。
 煌きを含んだあたたかな微風(そよかぜ)がふたりの頬を撫で、キュリオの艶やかな銀髪とアオイの水蜜桃のような髪の間をサラサラと行き来する。
 
「風の魔法だ。お前も大きくなったらきっと魔法が使えるようになる。私が教えてあげよう」

 瞬く間に水気を奪った風がやんで室内が静けさを取り戻すと、アオイの瞼と意識は夢の世界へ誘われるようにゆっくり落ちていく。
 そして眠りにつくその瞬間、赤子の口角が微かに上がったのをキュリオは眩しそうに見届ける。

「今日も素敵な一日だったね、アオイ……よい夢を」

 キュリオの唇が額に落ると、耳に流れ込んだ"もうひとりの心音"がアオイの意識を目覚めさせる。

『ほんとうに……素敵な日、……あなたが、あのひとを助けてくれたから……』

 以前、自分を助けてくれた紅の瞳の青年を……アオイはティーダを忘れてはいなかった。
 しかしこの言葉はキュリオに届かない。
 
 恐らくそれが叶うのは<心眼の王>マダラと、<精霊王>エクシスだけである――。
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