【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を
踏み込めない一線
今朝のキュリオが纏う空気は曇り空よりも重く、形のよい唇から吐き出されるため息は胸中に渦巻く複雑な想いが色濃く滲み出ている。
「…………」
(ヴァンパイアへの情が芽生える前にアオイへ善悪を教えなくては……しかし彼女がそれを理解するに何年要する……?)
「……キュリオ……」
こめかみを押さえたキュリオは、物言いたげに近づく青年が先の言葉を紡ぐ前に言葉を発する。
「おはようダルド。アオイはここにいるよ」
「うん……」
朝食の用意が整うまで広間のソファでくつろいでいたキュリオ。虚ろ気な彼の腹部ではアオイが目を閉じて丸くなっていた。
「…………」
「…………」
いつもダルドが話題に困らないよう気さくに話しかけてくれるキュリオだったが、今朝の彼は不機嫌さと不安の間で揺れているような気がして、発する言葉を選んでしまう。
(どうしたんだろう、キュリオ……)
赤子を包む手はいつものように愛に溢れているが、その瞳はダルドと視線を合わせることなく窓の外をぼんやりと見つめていた。
「キュリオ様、ダルド様お待たせ致しました。朝食の用意が整いましたので御席へどうぞ」
鮮やかな紅をひいた美しい女官が満面の笑みを湛え、それ以上に麗しい王と人型聖獣を慣れた所作で食事の席へと案内する。
向かい合うように腰を下ろしたふたりのもとへ次々と運ばれてくる色彩豊かな食事はいつもダルドの目を楽しませてくれたが、眠っている赤子を腕に抱いたままグラスに口を付けるキュリオとどう接したらよいかと今朝はそちらに気を取られている。
「……ねぇ、キュリオ。どうしたの?」
「うん?」
いつも通りの優しい声が返ってきてダルドの問いに手を止めたキュリオの視線がこちらに向けられた。謎の緊張から解き放たれたダルドは安心したように言葉を紡ぐ。
「ううん。……考え事、してるようにみえたから」
するとキュリオはダルドの瞳を見据えながら小さく息を吐く。
「……あぁ、すまない。まだ先の話なのだが……悩みの種になりそうな出来事があってね」
「アオイ姫のこと? 僕は力になれる?」
直感でアオイに関することだと感じたダルドは、ふたりの力になりたい一心から申し出ると……
「そうだね。その時が近づいたら必ず君に相談すると約束しよう」
ダルドの真っ直ぐな想いをしっかりと受けとめたキュリオは、彼に食事を始めるよう促しながら自身もその手の動作を再開するも、美しい人型聖獣の視線がもうひとりへと注がれていることに気づいて目元を緩める。
「いつもは起きている時間なのだけれどね。夜明けに起こしてしまったせいで、まだ夢の中だ。アオイには悪いことをしてしまったな」
「そうなんだ……」
ダルドはそこに居なかったため、ふたりに何が起こっていたかを知る術はなく、その話を共有するには少し勇気が必要だった。
彼の視線が寂しそうに宙を彷徨ったのを見逃さなかったキュリオは気遣うように声を掛ける。
「この子は赤子でありながら私たちの生活のリズムに合わせようとする不思議な子でね。特別なことが無い限り、眠る時間も起きる時間もほとんど一緒だ。明日の朝は笑ってダルドを迎えてくれるだろう」
「……うん……」
これ以上キュリオに要らぬ気を遣わせないよう、食事へと手を伸ばしながら適当な話題を口ずさむ。
「キュリオ、ロイもしばらくここに居るの?」
そんなこと本当はどうでもよいダルドだが、気を紛らわせるために言葉を交わしていないとアオイが気になってしょうがないのだ。初めて抱きしめた赤子だから気になるのか? それともキュリオの娘だから気になるのかはわからないが、ただ本当に可愛くて……抱き締めた腕の中で笑いかけてほしくて――。
「…………」
(ヴァンパイアへの情が芽生える前にアオイへ善悪を教えなくては……しかし彼女がそれを理解するに何年要する……?)
「……キュリオ……」
こめかみを押さえたキュリオは、物言いたげに近づく青年が先の言葉を紡ぐ前に言葉を発する。
「おはようダルド。アオイはここにいるよ」
「うん……」
朝食の用意が整うまで広間のソファでくつろいでいたキュリオ。虚ろ気な彼の腹部ではアオイが目を閉じて丸くなっていた。
「…………」
「…………」
いつもダルドが話題に困らないよう気さくに話しかけてくれるキュリオだったが、今朝の彼は不機嫌さと不安の間で揺れているような気がして、発する言葉を選んでしまう。
(どうしたんだろう、キュリオ……)
赤子を包む手はいつものように愛に溢れているが、その瞳はダルドと視線を合わせることなく窓の外をぼんやりと見つめていた。
「キュリオ様、ダルド様お待たせ致しました。朝食の用意が整いましたので御席へどうぞ」
鮮やかな紅をひいた美しい女官が満面の笑みを湛え、それ以上に麗しい王と人型聖獣を慣れた所作で食事の席へと案内する。
向かい合うように腰を下ろしたふたりのもとへ次々と運ばれてくる色彩豊かな食事はいつもダルドの目を楽しませてくれたが、眠っている赤子を腕に抱いたままグラスに口を付けるキュリオとどう接したらよいかと今朝はそちらに気を取られている。
「……ねぇ、キュリオ。どうしたの?」
「うん?」
いつも通りの優しい声が返ってきてダルドの問いに手を止めたキュリオの視線がこちらに向けられた。謎の緊張から解き放たれたダルドは安心したように言葉を紡ぐ。
「ううん。……考え事、してるようにみえたから」
するとキュリオはダルドの瞳を見据えながら小さく息を吐く。
「……あぁ、すまない。まだ先の話なのだが……悩みの種になりそうな出来事があってね」
「アオイ姫のこと? 僕は力になれる?」
直感でアオイに関することだと感じたダルドは、ふたりの力になりたい一心から申し出ると……
「そうだね。その時が近づいたら必ず君に相談すると約束しよう」
ダルドの真っ直ぐな想いをしっかりと受けとめたキュリオは、彼に食事を始めるよう促しながら自身もその手の動作を再開するも、美しい人型聖獣の視線がもうひとりへと注がれていることに気づいて目元を緩める。
「いつもは起きている時間なのだけれどね。夜明けに起こしてしまったせいで、まだ夢の中だ。アオイには悪いことをしてしまったな」
「そうなんだ……」
ダルドはそこに居なかったため、ふたりに何が起こっていたかを知る術はなく、その話を共有するには少し勇気が必要だった。
彼の視線が寂しそうに宙を彷徨ったのを見逃さなかったキュリオは気遣うように声を掛ける。
「この子は赤子でありながら私たちの生活のリズムに合わせようとする不思議な子でね。特別なことが無い限り、眠る時間も起きる時間もほとんど一緒だ。明日の朝は笑ってダルドを迎えてくれるだろう」
「……うん……」
これ以上キュリオに要らぬ気を遣わせないよう、食事へと手を伸ばしながら適当な話題を口ずさむ。
「キュリオ、ロイもしばらくここに居るの?」
そんなこと本当はどうでもよいダルドだが、気を紛らわせるために言葉を交わしていないとアオイが気になってしょうがないのだ。初めて抱きしめた赤子だから気になるのか? それともキュリオの娘だから気になるのかはわからないが、ただ本当に可愛くて……抱き締めた腕の中で笑いかけてほしくて――。