【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を

小さな島国の神

 蒼い髪の少年はきょろきょろと辺りを見回しながら支柱の裏で誰かを待っているような素振りを見せる。

「……っいつもは来てる頃だってのに……おっさんはまだかよ!」

「なんだ? 蒼牙か? そんなところでなにやってる」

 前方から現れると予想して待機していた少年は、大柄なエデンに背後から声を掛けられ飛び上がった。 

「うわぁああっ!!」

「……驚きすぎじゃないか?」

 少年の頭をポンポンと叩きながら苦笑する<雷帝>の手は優しい。彼の数代前の王が世界を壊滅させるほどの力を持ち、この世界を崩壊寸前にまで追い込んだ相手だとは未だに信じられない部分がいくつもある。
  
「土産を持ってきてやったぞ。悠久の商人がたまたま来ていてな、卵白に砂糖を混ぜて焼いた菓子を王宮の料理長が考案したとかで……」

「……っ土産は後でいいから、こっち来てくれ!」

 飛び跳ねるように自室へと向かう蒼牙は何やら急いでいるように見える。

「……ん?」

 通された部屋は意外と殺風景で、見た目は子供でも年齢が相当上であることを今更に思い出してエデンは納得してしまう。

「お招き有難いが、隠れてするような土産話はないぞ?」

「ちょっと待ってろ。茶淹れてくるからここに居ろ! 動くんじゃねーぞ!」

 エデンを部屋に押し込めた蒼牙はそそくさと扉を出ていく。
 動くなと言われたが室内なら大丈夫だろうと周囲をぐるりと見渡してみると、色彩豊かな童話の本がいくつかベッドへ転がっており、壁際にある暖炉は今は使われていないらしくオブジェのように綺麗に片付いていた。では室内を照らす仄かな灯りはどこか? と頭上を仰ぐと、星空を散りばめたような無数の光の粒子が宙を飛び交っている不思議な光景が広がる。

「この城はまるで御伽噺の世界だな……」

 理屈では説明できないような空間をここで幾度か目にしているエデン。
 いまはもう見ることのできない夜空にも似た天井の煌めきを眩しそうに見上げながら銀縁のソファへと腰掛ける。

(……この城の空気が清らかなのは仙水の力か……)

 ――バタンッ

 コソコソとしてる割に壮大な音を立てて入室してきた少年の手には湯気を立てたティーポットがひとつとカップがふたつ。

「他のやつらはどうした? まさか本当に内緒話でもしようってのか?」

「おっさんに聞きたいことがあんだよ。俺より知らねぇってならしょうがねーけど」

 手早く紅茶を淹れたカップをエデンの前へ置くと、向かい側へ腰を下ろした蒼牙は自分のカップへ口を付ける。

「俺に教えられることか?」

「……どうだかな。<雷帝>がこっちの世界に来れる理由って知ってるか?」

 他にいくつもの世界があるとして、偶然にも隣に位置したふたつの世界がつながったというのなら、<雷帝>以外の人物がこちらの世界へ来れたとしてもおかしくはないはずだ。

「それはあれだろう。
この世界の小さな島国で"雷神"ってのが信仰されてたのが始まりじゃなかったか? あぁ、たしか和の装いの……」

「大和の故郷だ。太古の民の祈りが形になって……っていうのは俺も聞いた。で、その"雷神"様がなんでこの世界を攻撃したのかわかんねぇんだよ。どうしてこうなっちまったんだ? 俺たちはどこに向かってるんだ?」

「…………」

「よりによってなんで千年王の<雷帝>なんだよ……初代の<雷帝>ってのは、おっさんの国じゃ英雄なんだろ?!」

 堰を切ったように言葉を吐き出した蒼牙の想いは痛いほどわかる。
 大和の故郷に伝わる"雷神"とは大自然の力を司る崇高な神のひとりであり、破滅をもたらすような凶悪な神ではないはずなのだ。

「……本人にしかわからないこともあるだろう。目的は同じでも、やり方が違えば敵になる」

「目的が同じだぁ!? んなわけあるかっ! 白馬の王子がいるって信じて悠久の王でも来てくれりゃ問題なかったのによ!!」

 激しくテーブルを叩いた蒼牙がエデンへ掴みかかるような勢いで身を乗り出してくる。それでも落ち着き払った彼は物怖じすることなく鋭い眼光で語尾を強める。

「無理を言うな。俺たちがこの世界に来れたのさえ奇跡なんだ。これから悠久の王を信仰したとして、あと何千年かかる?」

「……っ!」

 祈りが実を結び、それが巨大な力を得るには気が遠くなるような膨大な祈りの数と年月を要する。この世界の民はもはや絶望的に少なく、エデンが言う何千年で済むかどうかも怪しいところだ。

「お前たちは生きているかもしれないが、それまでこの世界に民がいるとは思えん。別の方法を探すんだな」

 そこで話を打ち切ったように紅茶を口にするエデンのいう事はもっともだった。これ以上、悠久の王へ望みのない期待をかけたところでどうにもならないのは蒼牙もわかっている。
 冷静さを取り戻した少年は今一度現実へ目を向けながら一番聞きたかったことへと話題を戻す。

「……可能性はもうひとつだ。大和の故郷にある結界……清流の結界があるの知ってるか?」

「まぁな。で、それがなんだ?」

「…………」

(……この様子じゃ、おっさんから聞ける新情報はないかもな……)

 大して気を止める様子もなく淡々としているエデンに過剰な期待を抱かぬよう蒼牙は話を続ける。

「結界を生成したやつの力がいつまでも残ってるっていう意味……わかるか?」

「うん? 俺は魔法について詳しくはない。それこそキュリオ殿に聞いたほうが……」

「キュリオって……いまの悠久の王だったか?」

 ふと引っかかる何かを感じた蒼牙はカップを傾ける手を止めて聞き返す。

「そうだ。在位五百年を超える偉大な王だ。キュリオ殿がこの世界に来れればなんとかなるかもしれないと、俺も一度は考えたが……」

「なんとかなるかもしれねーって……そいつの力ってなんだ?」

「万能な癒しの力と結界を得意とし、強大な魔法を操る御方だ。神具は<神剣>で民からの人望も厚く国も栄えている。まさに理想の王だな」

「……仙水の力と似てるんだな……」

 カップの中で揺れる紅茶を見つめながらポツリと呟く。
 同じような力を持つふたりの王と、背中合わせのふたつの世界。
 争いもなく平和で豊かな悠久の国と、それを治める偉大な王。この世界が羨望してやまない事ばかりがそこにはたくさん詰まっている。

「そうだな。……俺が言うのもあれだが、世界がこうも荒れていなければ仙水もキュリオ殿のように平和な世を築けただろう」

「…………」

(……仙水はいつも悲しみと絶望ばかり味わってやがる……)

「……話が逸れちまった。他の王の話なんか聞いたからってどうなるわけでもねーし。俺は俺たちの希望を探さなきゃいけねーんだ」

「ん? そういえば結界がどうこう言ってたな」

「死んだやつの力がいつまでも残ってるってのは、相当な使い手だってことだ。この城にある水鏡なんかは初代の王が作ったやつっていうんだからな。つまりは王に近い能力を持ってたやつが居たってことだろ? もしかしたら<初代>の子孫とかいるんじゃねぇかなって俺思ってんだ」

「大和の故郷なんだろう? 大和は知らないのか? 誰がその結界を張ったのか」

「言わねぇから困ってんだよ! 九条の話じゃとっくに絶命してるらしいけどな……」

「…………」

「この城に来たのはお前が一番最後だったか?」

「あぁ、九条は元から居たって話だし、そのあとに仙水か大和だな。俺は最後だ」

「……お前が言うように子孫がいたとして、それももう期待できないだろうな。頼れる気配などここの住人以外は皆無だ」

「はぁ……。やっぱ駄目かぁ……」

 項垂れるようにソファへと倒れこんだ蒼牙の思惑は大きく外れてしまった。それどころか突き当たった先は行き止まりのような気がしてならない。

「大和の故郷でなんかあって結界が張られたんなら、大和に聞いてみるのが一番だ、としか俺は言えんな」

「九条も知ってるっぽいんだけどなー……」

 この世界の歴史を紐解くには九条に聞くのが一番なのはわかるが、寡黙で秘密主義なあの漆黒の男がなにか語るとは思えない。

「仙水はどうだ? 深く追求しなきゃ教えてくれるんじゃないか?」

 エデンは悠久の商人から購入したという真っ白な玉状の菓子を広げながら蒼牙へ食すよう促す。

「……仙水は駄目だ。大和とあんま仲良くねぇんだよ。いきなりブチ切れるかもしれねぇし……はぁ……。あいつは一見ぼーっとしてるけどな、中身は複雑なんだぜ?」

 指先でメレンゲの菓子を摘まんだ少年はそのまま口に入れると「……なんだこれ、美味いな!」と、続けて口へ放り投げる。 

「仲が悪そうには見えんが……すまんな。俺じゃ力になれそうにない」

「俺こそ悪かった。……初めてここに来た<雷帝>がおっさんだったらよかったのにな……。なんでこんなことになってんだろうな……」

「……俺も同じことをしたかもしれんがな……」

「ん? なんか言ったか?」

 紅茶のおかわりを注いでいた蒼牙の耳には水音ばかりが届いていたようだ。

「いや、なんでもない。それとなく九条に聞いておいてやるよ。言うとは思えないがな」

「……っほんとか!?」

 真っ当に話もしてもらえない蒼牙とは違い、王という肩書を持ったエデンならば聞けることがあるかもしれない。

「じゃ、じゃあさ! 俺は大和の故郷のガキどもになんか聞いてねーか探りいれてくるぜ!!」

「……そうだな。語り継がれてる可能性もあるかもな」

 そう言ったエデンの表情を見ることなく飛び出していった蒼牙の足取りはとても軽やかだった。

(これで解決の糸口が見つかるかもしれねーーっ!!)

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