【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を

唯一、可能性をもつ王

「私はアオイのミルクを用意してくる。ダルド、彼女をお願いしてもいいかい?」

 ダルドの腕の中で落ち着いたアオイに安堵したキュリオは、自ら愛娘の食事を用意するべくその場を離れようとする。

「うん、大丈夫。ここで待ってる」

 穏やかな表情でキュリオの後をついていく女官たちも、もはや彼のやることに口出しをしないようになった。一国の王が赤子のミルク作りなど……と初めは思っていたものの、それがキュリオの愛であると誰もが確信したからだった。

「キュリオ様! お食事中申し訳ございません。……エデン王が謁見をと願いでておりますが、いかがいたしましょう……」

 前方から小走りにやってきた若い家臣の言葉を聞いたキュリオの表情がにわかに陰る。

「……わかった。すぐに行こう」

(なにかあったな……)

 呼びに来る者の表情と、時間帯から大抵のことは予測できる。
 おそらく長い話になるであろうと判断したキュリオは、後方で待機する女官へアオイのミルクを指示して行先を変更する。

「私の執務室へ通してくれ」

「はっ! 畏まりました!」

 キュリオはそのまま上の階へ移動し、執務室へと足を踏み入れエデンを待つ。
 やがてほどなくして入室してきた<革命の王>の話を聞くと、しばしの沈黙が流れた。

「……私の力を借りたい、とは……どういうことだ?」

 曖昧な説明の後、そう頭を下げられたキュリオは首を捻って聞き返す。

「……詳しいことは言えないのだが、俺の知り合いの住まう地が酷く汚染されていてな。どのように……と例えるならば"死の大地"という表現が近いかもしれん。そういう理由あってキュリオ殿の力を御貸し願いたいのだ」

「しかし、出向かず力を開放しろとは……随分難しいことを言う」

 キュリオは自身の長い脚を組みなおすと、考えを巡らせるように顎へ手を添えた。
 信頼の置ける<革命の王>の頼みとあらば聞いてやりたいのは山々だが、必要とされる過程も能力もはっきりしない部分が多い。

「せめて詳しい事情を聞かせてくれ。君の国で問題が起きているのならば私が赴けば問題はないはずだが……なぜそれではだめなのだ?」

 キュリオはエデンが詳細を隠す理由がわからず理解に苦しむ。
 "死の大地"と変貌させてしまったのが彼の知人であるならば言いにくいのかもしれないが、もし原因が不明なのだとしたら、キュリオが状況を打破したところで再び悪化する可能性はないのだろうか?

「……それではキュリオ殿の身に悪影響があろうかと思ってな」

「心配は無用だ。私が対処できないものがあるとすればヴァンパイアの魂の穢れくらいだ」

 ここでヴァンパイア嫌いのキュリオの本心が炸裂する。面食らっているエデンと、表情を緩めないキュリオ。

「……、あぁ……そうか」
 
 鋭い視線を投げ、まさかヴァンパイア絡みではないだろうな? と言いたげなその表情からキュリオの心の声が聞こえてきそうで怖い。
 エデンとて、力を借りようとしている相手に事の経緯(いきさつ)を黙っているというのは心苦しいものがある。しかし、見えない世界相手になにをどう説明したらよいかわからない。更にはそこが"死の大地"と化してしまったのには自分も少なからず関係していると、正直に伝えたら彼はどう思うだろう? だからと言って、当たり障りのないことを並べても賢い<悠久の王>が抱く疑惑はますます深まるばかりなのは明らかだ。

「…………」

(……どうあっても言いたくはないようだな……)

 一行に先へ進まない言葉に内容のない会話。こんなことを続けたところで問題が解決するわけでもなく、立場の弱い相手を壁に追いやるのはキュリオが最も嫌うやり方だった。 

「……まぁいい。"死の大地"というからには一刻を争うのだろう。原因を突き止めるのは事態が解決してからにしよう」

 言うが早いが立ち上がったキュリオにエデンが待ったをかける。

「……申し訳ないキュリオ殿。複雑な事情があってお連れできないのだ」

「…………」

 いよいよ表情が険しくなり始めたキュリオが怒るのももっともだ。
 詳しい理由も告げず上位王の行動を制御しようというのはかなりの無礼にあたり、この場で城を追い出されても仕方がない行為だった。

「気分を害してすまなかった。この件は忘れてくれ」

「…………」

 立ち上がり、深く頭を下げるエデンを冷たく見下ろすキュリオ。
 彼の口数が少なくなるのは不機嫌さの現れであることを知っているエデンは心からの謝罪を述べた。

「……ひとつだけ可能性がないわけでもない。試してみる価値はあるだろう」

「……! いま、なんと……」

 思わぬ申し出を受けたエデンは驚いた様子で顔を上げる。
 
 ――眩い輝きが室内へ広がってそれは現れた。
 キュリオが翻した手の平には銀の羽が一枚。高貴な銀色の光を湛えたそれは、紛れもなくキュリオの力を秘めた分身ともいえる王の翼の一部だった――。
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