【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を

細やかな目標

「アオイ姫……」

(かわいい……)

 丸みを帯びた小さな赤子はダルドの腕の中で蕩けるような笑みを浮かべて声を上げている。

「きゃぁっ」

「…………」

(なんて愛らしいんだろう)

 話しかけられていることを認識しているらしいアオイの両手がダルドの顔に触れようと宙を漂う。 
 それに応えた人型聖獣は、互いの額が合わさりそうなほどに距離を詰めた。

「きゃははっ」

 しっとりと潤いのある赤子の手がダルドの頬の感触を楽しむように肌を滑ると、さらに首元へ纏わりついてきたアオイに絆(ほだ)されたダルドは全身でその熱を受け止めるように彼女を抱きしめた。

「……アオイ姫」

(……強く抱きしめたら壊れてしまいそうだ……)

 瞳を閉じ、全身でアオイのぬくもりを堪能していると、不意に髪を引かれるような感覚に見舞われたダルドは疑問に思いながら瞼を持ち上げる。

「……? あ、……」

 大きな声をあげてアオイを怖がらせたくはないが、どう反応すればよいかわからず躊躇ってしまう。
 
(キュリオはこういうとき、どうしているんだろう)

 アオイの扱いに一番慣れているであろうキュリオはまだ戻ってこない。さらにダルドの経験を振り返ってみても、赤子と触れ合ったことがないため、悩んだあげく一呼吸置いて穏やかな口調で語り掛けた。

「お腹がすいているんだね」

 一握りの白銀の髪を口に含んでいるアオイは、まだこの世に生まれたばかりで知らないことだらけ。
 真っ白な彼女の人格を形成し、未来へと繋がるこの瞬間に傍に居られることがダルドはとても嬉しかった。
 
(なにから教えてあげたらいいかな)

 自然と顔が緩んでしまう。きっとキュリオもそうなのだろうと想像を膨らませながら髪を食されていると――

「ダルド様、お待たせ致しましたっ」

 パタパタと入室してきた女官がふたりの様子を目にして優しげな表情を浮かべる。

「まぁっ! 良かったですねアオイ姫様。素敵なお兄様がおできになって!」

 タオルで包んだミルク瓶を両手で持ちながら近づいてきた女官は、目を丸くしている人型聖獣へ手の内にあるそれを手渡しながら素直な感想を述べた。

「え、僕……?」

「ええ、姫様がこれほど落ち着いた様子をお見せになるのはキュリオ様とダルド様の前だけですわ♪ ダルド様のことが大好きな証ですっ」

 いつものアオイは、キュリオの姿が見えなくなると探す素振りを見せるという話を聞いたダルドは心が躍るような感覚に見舞われた。

「……僕、アオイ姫の特別になれる?」

 まともに女官の目など見たことのないダルドは彼女がお世辞で自分を喜ばせようとしているのではないかという少しの疑いからその瞳を直視して聞き返す。

「ふふっ、既になられていると思いますわっ♪」

「本当? アオイ姫」

 自身の食事が来たと確信したらしいアオイはタオルに巻かれたミルク瓶をダルドの手ごと抱え込んで、サポートの手が差し伸べられるのを今か今かと待ちわびている様子だったが、ダルドの問いかけにその動きを止めて銀色の瞳を覗き込む。

「……?」

「……ごめん。ミルクの時間だったね」

(僕はきっとまだまだだ。ミルクより好きになってもらえるように頑張らないと……)
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