【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を
「……やはり無理だったか……」

 九条の言う"この世界の理"を知る数少ない人間として、この結果が予測できなかったわけではない。それでもわずかな可能性にすがりたいのは、崩れゆく仙水たちの世界を救いたいという純粋な願いからだった。

 エデンは"希望"を届けるはずも、跡形もなく消え去ってしまったことを蒼牙へ伝えるべきかどうか迷っていた。

(これ以上期待を持たせるような言い方はあいつにもよくない。この事態は話すべきだろうな……)

 翼を広げ空から降下したエデン。
 稲妻を抱いた分厚い雲を抜け、かつての面影を薄っすらと残して宙に浮いている王宮の中庭へと降り立つと、同時に姿を現したのは見目の麗しいひとりの青年だった。

「エデン殿、ちょうどお茶にしようと思っていたのですが、一緒にいかがですか?」

「……おう。仙水か。折角だ、頂くとしよう」

 エデンの返事にニコリと微笑んだ仙水は先を歩きながら他愛もない話で場の空気を和ませてくれる。
 今日は和の装いで身を包んだこの世界の王は、人当たりの良さも然(さ)ることながら、その優雅な立ち振る舞いに育ちの良さがうかがえる。

(大和と仙水が不仲というのはにわかに信じがたいが、蒼牙が嘘をつくとは思えん……)

 なるべく大和の話題は出さないよう肝に銘じたエデンは通された部屋を見て……今しがた肝に銘じた彼の名を口にしてしまった。

「茶室か。この部屋の匂いは俺も気に入っている。大和の祖国のものだったか?」

「……そうです。和の国の文化は私も大好きで、色々揃えたいと思っているのですが……こんな世界ですからそれも難しくて」

「…………」

 一瞬の間を聞き逃さなかったエデンは内心「失言だ」と思いながら、話題を変えようと模索するも気遣いのできる仙水が次の話題を提供してくれる。

「畳や木の香りは荒れた私の心を落ち着かせてくれます。
一時は中庭の噴水を鹿威し(ししおどし)にしてしまおうかと思ったくらい和の文化に魅了されていましたが、九条に止められてしまいました」

 柔らかい笑みを浮かべながら茶器を並べた仙水は優雅な所作で茶を点て始めた。

「……お前の祖国は西の国だったか?」

「……そうですね」

 やはり少しの間が気になり、そこには詮索してはいけない何かがあるのだろうと咄嗟に思ったエデンだが、彼らの経緯についてあまり詳しくない彼としては聞いておきたくもある。 

「いつから和の国に魅了されるようになったか覚えているか?」

「私がここへ身を置くようになって間もなく大和が来たんです。見慣れない装いに脇差……そしてその名の響きに憧れのようなものを抱いた記憶が懐かしいですね」

「そうか……」

 手本が大和というのも仙水の格好をみていれば納得できる。
 和を纏っているときの彼は大和と同じように髪を高く結っており、脇差こそしないものの、ふたりの胸元には雅な扇子が潜んでいることをエデンは知っていたからだ。

「九条も和の国の出らしいのですが、彼はあまり参考にならなくて」

 麗しく微笑んだ仙水はまるで花のなかに佇む乙女のように清らかで、彼が真に追い求めているであろう"とある人物"を思わせる。
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