【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を
「それは初耳だ。たしかに九条の出で立ちから憶測するのは難しいな」
エデンは仙水が差し出した茶碗を頷いて受け取ると、教えられた作法通りに茶碗へと口をつける。
「纏う衣も大和とは違いますからね。しかし、彼は<初代>王とどのような出会いであったか聞いても答えませんし、この世界の王の力さえ……本当に謎ばかりです」
「……そうだな」
すべてとは言わずとも、少なからず仙水よりは話を聞いているエデンは口を噤むしかない。
「……エデン殿は先代の<雷帝>からどのようにお聞きしているのです?」
「うん? なにをだ?」
エデンの動作を眺めていた仙水の瞳が一瞬鋭くなった気がした。
「私たちのことをです。何百年生きているかわからない得体のしれない人物? ……それとも、貴方がたの世界へ悪影響を及ぼす悪魔のような存在と聞いていましたか?」
仙水は上品にふふっと笑いながら、見目に美しい菓子を差し出す。
「そういう言い方はよせ。俺たちは間違ってもそんな風に思ったりはしない」
「……そうでしょうか?」
「なに?」
「数代前の王を葬った我々のことを恨んでいるのではありませんか?」
ピクリと眉を動かした<雷帝>だが、彼には仙水の言うような負の感情を秘めた瞳には宿らない煌きがある。
「今日はやけに挑発的だな。気が障るようなことを言ったなら謝るが……」
仙水らしくない物言いに自らを省みたエデンは謝罪を申し出るも、その声は彼の心に響かない。
「……貴方がたの存在自体が不愉快なのですよ」
さらにポツリと呟かれた麗しい王の言葉はエデンの耳には届かなかった。
「なにか言ったか?」
「いいえ。
……それより、先ほどから貴方が出てくるのを待っている少年がいるみたいですが、心当たりはおありですか?」
エデンが飲み終えた茶碗を下げながらにこやかに笑いかける仙水はいつもと変わらぬ穏やかさだ。九条らが知っている本当の彼をエデンは知らない。もしかしたら仙水の穏やかな口調や動作は激情を隠すための彼なりの対策なのかもしれないと、この城の者はそんな風に捉えていた。
「少年? 蒼牙か?」
「ふふっ、彼はお茶が苦手なので三人で仲良くお茶会というわけには行きそうもないですね」
「そうだな。
すまない。俺はこれで失礼する。お前の点てた茶、今日も美味かったぞ」
「恐れ入ります」
茶室を出て行く<雷帝>の後ろ姿を横目で見ながら、頭を垂れた仙水の表情は九条のそれと同じく無に等しいものだった――。